元材木町
もとざいもくちよう
[現在地名]松江市東本町一丁目・末次本町
京橋川南岸沿いの町人町。西は末次本町、南は同町・紙屋町、東は末次魚町。堀尾時代城下図では町屋となっている。明治一一年(一八七八)の島根県町村名では「俗ニ桶屋町ト云」と注記される。「雲陽大数録」には材木町・桶屋町のほか檜物屋町の名もみえる。元材木町の呼称は材木問屋が大橋川沿いの新材木町に移ったことによって生じたといわれる。藩政期の末次家屋敷台帳(松江市誌)に元材木町とみえ、家数四八。
元材木町
もとざいもくちよう
[現在地名]中区丸の内一丁目
堀川東岸木挽町筋にある。木挽町の南、両蔵屋敷の北にあたる。京町筋の上畠橋と魚の棚筋の半丁ほど南との間の二丁をさす(町名起因並町家由緒)。清須越しではないとの説もある(尾張城南陌名由緒)が、慶長年間(一五九六―一六一五)清須から移して、清須材木町ととなえた。寛文五年(一六六五)町名が長いため北材木町に変えた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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