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光宗 こうしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

光宗 こうしゅう

1276-1350 鎌倉-南北朝時代の僧。
建治(けんじ)2年生まれ。比叡(ひえい)山の興円にまなぶ。のち同山の澄豪(ちょうごう)に穴太(あのう)流の天台密教をまなび,同門の恵鎮(えちん)とともに黒谷流をひらいた。観応(かんのう)元=正平(しょうへい)5年10月12日死去。75歳。法名ははじめ道光。著作に「渓嵐拾葉集」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

光宗

没年:観応1/正平5.10.12(1350.11.12)
生年:建治2(1276)
鎌倉後期・南北朝時代の天台宗の学僧,道宗とも称す。延慶2(1309)年比叡山に登って東谷神蔵寺で興円,恵鎮から顕密を学び,義源から神明灌頂を受け,華厳,三論,法相,倶舎,禅,浄土を学んだ。旺盛な知識欲の持ち主で,医法,歌道,兵法,術法,算道にも通じた。光宗の編著にかかる『渓嵐拾葉集』は,神蔵寺,黒谷青竜寺,洛東元応寺,金山院,江州(滋賀県)阿弥陀寺,霊山寺,坂本息障院を転々としながら,応長1(1311)年から貞和4(1348)年まで書き継いだものである。内容は顕密戒禅の秘事口伝や行事,作法を記録したもので,全体は密教的神仏習合説で覆われているが,説話,伝承を含む豊富な内容によって中世研究の資料として重視されている。晩年は息障院に住んだ。<参考文献>平泉澄「『渓嵐拾葉集』と中世の仏教思想」(『史学雑誌』37巻6号),硲慈弘『日本天台の展開とその基調』

(西口順子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の光宗の言及

【澄豪】より

…《総持抄》ほか台密の著作は多い。弟子に永慶,豪鎮,恵鎮らがあり,門流から《渓嵐拾葉(けいらんしゆうよう)集》の著者として知られる黒谷の光宗(こうしゆう)が出ている。【西口 順子】。…

【渓嵐拾葉集】より

…もとは300巻あったと伝えられるが,現存113巻。比叡山西塔北谷の別所黒谷にいた光宗(1276‐1350)の著で,1318年(文保2)6月の自序がある。貴族社会を背景に繁栄した顕密の大寺院では,仏事・法会がさかんに催され,その次第を書きとどめた無数の資料が残された。…

※「光宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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