八崎城跡(読み)はつさきじようあと

日本歴史地名大系 「八崎城跡」の解説

八崎城跡
はつさきじようあと

[現在地名]北橘村分郷八崎 城

八崎館・不動山ふどうやま館とも称する。「上州故城塁記」には八崎山の不動山とある。利根川の河岸段丘上で、ひがし川が利根川に合流して形成した三角形の台地上にある。東西三五〇メートル、南北六〇〇メートル。南西端に東西五〇メートル、南北一〇〇メートルの台形本丸、その北東に二ノ丸、その北西に西曲輪を配した小城。本丸跡は桑園のため北堀は原形をとどめるが、二ノ丸は宅地となりあまりよく残らない。築城年代は不詳、戦乱北上州に及ぶ永正年代(一五〇四―二一)以後と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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