ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「八鹿高校事件」の意味・わかりやすい解説
八鹿高校事件
ようかこうこうじけん
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…なお,この事件は,部落解放同盟と対立する〈正常化連〉(前述)が結成されるにいたった主要因の一つに数えられている。
[八鹿高校事件]
次は,1974年11月に兵庫県養父郡八鹿(ようか)町で起こった〈八鹿高校事件〉であり,部落解放同盟側と日本共産党側との対立がいっそう顕然化するなかで発生した事件である。事件発生当初より,日本共産党は機関紙《赤旗》その他を通じて〈法治国に許せぬ大暴力事件〉〈大集団リンチ事件〉として報道を開始し,以後もその観点を一貫して大規模な組織的宣伝活動をくりひろげ,これには部落解放同盟も,事件にいたるまでの相手側の〈挑発〉的言動への批判を中心にしつつ当然反論を加えつづけた。…
※「八鹿高校事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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