六万騎城跡(読み)ろくまんきじようあと

日本歴史地名大系 「六万騎城跡」の解説

六万騎城跡
ろくまんきじようあと

[現在地名]六日町麓

八海(はつかい)山の支脈猿倉(さるくら)山(六八七・八メートル)から西方堂平(どうひら)山へ続く尾根が魚野(うおの)川に迫った突端にある。麓(ふもと)と大和(やまと)町水尾(みずお)新田の背後標高約三二〇メートルの位置にある峻険な山城。六万騎山ともいう。長さ二〇メートル・幅約一八メートルの削平した郭と、前後に長さ約二〇メートルの二郭をもって本丸を構成。西の先端に出丸、東後方に詰ノ丸、物見櫓兼烽火台があったと考えられる一郭もある。数百メートルにわたって尾根に大規模な防備を施し、二十数ヵ所の郭が梯段状に連なる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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