六科村(読み)むじなむら

日本歴史地名大系 「六科村」の解説

六科村
むじなむら

[現在地名]八田村六科

東流する御勅使(みだい)川南岸にあり、西は有野(ありの)村(現白根町)、南は百々(どうどう)村(現同上)、北は下条南割(しもじようみなみのわり)村(現韮崎市)。駿信往還がほぼ南北に通る。古くは御勅使川の氾濫原にあってしばしば洪水に襲われたが、戦国期に御勅使川が北東に付替えられた際当村西端に将棋(しようぎ)頭が築かれ、本流の北御勅使川と前御勅使(まえみだい)川に分流された。当村はこの二川の堤防によって守られている。元亀二年(一五七一)四月一九日付の武田家印判状(柳本春雄家文書)によれば、六科郷の矢崎源右衛門尉は武田家より同年から両棟別銭を免除し普請役・隠田などについては軍役衆並とする条件で陣参を命じられている。天正一〇年(一五八二)八月一七日には武川衆であった折井市左衛門次昌は本領の改替として「六科山下分」一〇貫文を含む計一三三貫四〇〇文の所領を徳川氏から宛行われた(「徳川家印判状写」御庫本古文書纂)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む