内山城跡(読み)うちやまじようあと

日本歴史地名大系 「内山城跡」の解説

内山城跡
うちやまじようあと

[現在地名]佐久市大字内山 城下

断崖の上にある山城で、本丸を中心に、二の丸、三の丸その他の郭が囲むように縄張りされ、堀切・石垣も残る。三の丸の北方下に、水の手の井戸跡がある。本丸から断崖の下五〇メートルの所に幅二四メートル、長さ七〇メートルほどの平らな所があり、馬場の平ばばのたいらといわれる(南佐久郡古城址調査)

西方平賀ひらが村に平賀城跡とその支城内堀うちぼり城跡があり、北の志賀しが村には志賀城跡がある。北方字香坂こうさかの山中に内山古城跡があり、文亀・永正年中(一五〇一―二一)内山美作守玄岑が居住した所といい伝えられているが、内山城の見張りの城と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む