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内山真弓(読み)うちやま まゆみ

美術人名辞典の解説

内山真弓

江戸後期の国学者・歌人。信州生。名は国章、通称は理兵衛、別号に眉生・聚芳園等。京都で香川景樹に学ぶ。江戸で活動したのち、郷里の信濃にもどり塾をひらく。著書に『歌学提要』『東塢鶴聲』等。嘉永5年(1852)歿、68才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

内山真弓 うちやま-まゆみ

1786-1852 江戸時代後期の歌人。
天明6年生まれ。京都で香川景樹(かげき)にまなぶ。江戸で活動したのち,郷里の信濃(しなの)(長野県)にもどり塾をひらく。嘉永(かえい)3年師の歌論をまとめた「歌学提要」を刊行。嘉永5年5月28日死去。67歳。名は国章。通称は理兵衛。別号に眉生,聚芳園など。著作に「聚芳園随筆」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

内山真弓

没年:嘉永5.5.28(1852.7.15)
生年:天明6(1786)
江戸後期の歌人。名国章,通称理兵衛。法号穆如,月観。信濃国(長野県)安曇郡十日市場村で生まれる。文化7(1810)年25歳で上京,香川景樹に入門した。真弓の師景樹尊崇の念は強く,師説の体系化を志すこと切なるものがあり,『東塢亭塾中聞書』にその熱意を汲み取れる。同門の萩原貞起の援助のもと,信濃筑摩郡和田村に聚芳園を開いて門弟を教育,さらに景樹歌論の集成『歌学提要』を出版して桂園派の普及に多大の功績を残した。独自性には乏しいが,師説の祖述にかける執念は無類といってよい。<参考文献>矢ケ崎栄次郎『歌人内山真弓』

(久保田啓一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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