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歌論 カロン

6件 の用語解説(歌論の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

か‐ろん【歌論】

和歌の本質・美的理念・歌風・詠作手法などに関する理論や評論。「歌論書」

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百科事典マイペディアの解説

歌論【かろん】

和歌に関する理論および理論書のこと。主な内容は和歌の本質,起源,歴史についての論,形式,歌風についての論など。《万葉集》の題詞や左注にすでに断片的な萌芽がある。
→関連項目蕉風俊頼髄脳袋草紙文鏡秘府論無名抄

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世界大百科事典 第2版の解説

かろん【歌論】

和歌に関する理論および理論書のこと。〈歌学〉〈歌学書〉が訓詁注釈をはじめとして学問的傾向の強いものを指すのに対し,文芸的傾向,評論的色彩の強いものを〈歌論〉と呼んでいる。本質論,形式論,様式論,和歌史論,伝統論,文体論,韻律論,用語論,作歌論,批評論まで,内容的にきわめて幅広く,時代的広がりにおいても,《万葉集》の時代から現代まで広い時代に〈歌論〉は書き継がれてきている。とくに近世以前においては,文学論のみならず芸術論一般の根幹として,他ジャンルにも広くその影響を及ぼした点で,〈歌論〉は注意されるのである。

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大辞林 第三版の解説

かろん【歌論】

和歌に関する理論や評論。特に、和歌の本質・要素・分類・修辞・語法などに関する論。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

歌論
かろん

歌学」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歌論
かろん

和歌についての理論的認識。「歌学」も同義語として用いられる場合が多いが、それは和歌についての種々の研究成果や知識を広くそうよぶのが本義である。歌論は、多くが作歌の実際に即しての教えとして説かれており、理論的な追究は江戸時代以降に現れる。歌論の形態を、ほぼ現れてくる時代順に示すと、歌書の序跋(じょばつ)、辞書あるいは分類書、秀歌選、説話集あるいは随筆、書簡、聞書(ききがき)などで、和歌概論的な組織的説述に『八雲御抄(やくもみしょう)』、理論化されたものに『国歌八論(こっかはちろん)』や『真言弁(まことのべん)』などがある。歌学知識の集成では『袋草紙(ふくろぞうし)』が代表的であり、『顕注密勘(けんちゅうみっかん)』などの歌集注釈書も一部に歌論的内容を含んでいる。また、同じ題の2首を組み合わせて比較論評する歌合(うたあわせ)の判詞(はんし)には、歌論的見解が豊富にうかがえる。
 歌論は、日本文学史全体を通じて一貫した唯一のジャンルである和歌とともに、日本の文学論史の主軸として、江戸時代までは他のジャンルの諸芸術論に大きな影響を与え続けたが、近代になると、西欧の文学論の強い影響を受けつつ、『万葉集』など和歌伝統の再認識を媒介として脱皮し、近代歌論を再構築している。[藤平春男]

古代歌論

(12世紀後半まで) 『万葉集』には、その歌集としての編集意識や題詞、左註(さちゅう)などに、表現美の認識や短歌の叙情性の自覚など、中国詩論の影響を受けながらも、歌論としての芽生えが認められる。奈良時代末期の藤原浜成(はまなり)『歌経標式(かきょうひょうしき)』(772成立)は最古の歌論書で、中国詩に倣っての韻律重視が注意をひくが、平安中期の初頭に成った『古今和歌集』の仮名、真名(まな)の両序こそが、その後の約1000年近くの間、和歌のあり方の規範となったのであった。『古今集』序の出現から約100年を経ての摂関政治全盛期に、藤原公任(きんとう)が『新撰髄脳(しんせんずいのう)』『和歌九品(くほん)』などに和歌の特質を示すが、それは声調、趣向および余情の指摘であり、歌合歌論の集約でもあった。院政期(12世紀)に入って、源俊頼(としより)が公任歌論を『俊頼髄脳』などで多角的に深めるが、それは虚構性の追究にほかならなかった。俊頼の影響下に藤原俊成(しゅんぜい)が登場し、中世歌論への方向を切り開くが、同時代の六条藤家(ろくじょうとうけ)の藤原清輔(きよすけ)や顕昭(けんじょう)は歌学研究に大きな成果を示したものの、歌論の深さには欠けている。[藤平春男]

中世歌論

(12世紀末から17世紀初めまで) 俊成は最晩年『古来風体抄(こらいふうていしょう)』などで新しい和歌のあり方を説いたが、それは和歌的表現の特質を、生活実感の確認ではなく韻律の流れのうちに漂う情趣の広がりと深さに求めたのであって、その子定家(ていか)は韻律以上に歌語のイメージ表現を重視し、『近代秀歌』『毎月抄』などによって虚構の方法による叙情の回復を説いた。この父子による王朝的な美の伝統の世界に参入して歌う態度は、中世を通じて深い影響を与え、歌論の京極為兼(きょうごくためかね)『為兼卿(きょう)和歌抄』、正徹(しょうてつ)『正徹物語』、連歌論の心敬(しんけい)『ささめごと』および世阿弥(ぜあみ)や禅竹(ぜんちく)の能楽論などの思索を導き出している。定家の子為家(ためいえ)以後の二条家や冷泉(れいぜい)家、また飛鳥井(あすかい)家などの歌論、歌学は江戸時代にまで引き継がれるが、固定化した技法を説く傾向が著しく、いわゆる「古今伝授(こきんでんじゅ)」のような規範化した権威主義の歌学となっていった。[藤平春男]

近世歌論

(17世紀前半から19世紀後半まで) 江戸時代に入り、戦乱がやみ経済的発達がみられるようになると、現実主義的傾向が文化の諸面に現れる。中世を通じて固定化してきた伝統的な古典美「雅」(みやび)に対し、しだいに現実感「俗」(さとび)を求める傾向が強まり、その相克が近世歌論を一貫する課題となった。規範的な中世歌学の束縛の否定は戸田茂睡(とだもすい)などにより強調されるが、前記のような雅俗論の課題は、近世中・末期に至って賀茂真淵(かもまぶち)(『歌意考』など)と香川景樹(かがわかげき)(『古今和歌集正義総論』など)とを主軸として深く追究されている。それぞれ立場は異なるが、荷田在満(かだありまろ)、田安宗武(たやすむねたけ)、また小沢蘆庵(ろあん)、富士谷御杖(ふじたにみつえ)、大隈言道(おおくまことみち)なども明確な理論的主張を残している。中期には真淵や本居宣長(もとおりのりなが)を中心とする国学的歌論が復古主義的傾向を示しながら、人間の純粋感情の表現としての和歌を説き、末期には現代人の叙情としての和歌を強調する景樹らの存在が目だっている。[藤平春男]

近代歌論

(19世紀末以後) 明治10年代から20年代にかけて、まず伝統文学としての和歌否定論が現れ、和歌の近代化が課題となるが、それは落合直文(なおぶみ)を経て与謝野鉄幹(よさのてっかん)の「自我の詩」の主張を生み、ほぼ並行して、万葉集的な写実主義を標榜(ひょうぼう)する正岡子規(まさおかしき)の「写生」説を生んだ。鉄幹の新詩社による浪漫(ろうまん)主義と子規の根岸短歌会による写実主義とは、それぞれの流派の分化交錯によって深化されつつ複雑な流れを形成したが、伊藤左千夫(さちお)、島木赤彦、斎藤茂吉、土屋文明などのアララギ派、新詩社の流れをくむ石川啄木(たくぼく)や北原白秋(はくしゅう)、また太田水穂(みずほ)、窪田空穂(くぼたうつぼ)などは、それぞれ独自の立場を樹立して歌論を示し、各流派の源泉をなしている場合が多い。自然主義や社会主義の影響は短歌にも及んでいるし、太平洋戦争後の戦後短歌の歌論的展開もそれぞれ多岐にわたる問題をはらんでいる。
 近代歌論のもっとも重要な課題は、現代にあってなぜ短歌を選ぶかということであり、敗戦直後現れた短歌第二芸術論もその否定的解答の一つとみるべきものであったが、現在はその定型に即しつつ現代詩としての独自性をとらえようとする方向を目ざしている。[藤平春男]
『佐佐木信綱・久曽神昇編『日本歌学大系』10巻・別巻10巻(1956~97・風間書房) ▽久松潜一他校注『日本古典文学大系65 歌論集・能楽論集』(1961・岩波書店) ▽橋本不美男他校注・訳『日本古典文学全集50 歌論集』(1975・小学館) ▽篠弘著『近代短歌論争史 明治・大正編、昭和編』(1976、81・角川書店)』

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世界大百科事典内の歌論の言及

【批評】より

…第1の時期には,親鸞や道元が仏教的立場から既存の宗派と既成道徳を徹底的に批評した(これは日本における一種の宗教改革であったということができる)。また藤原定家は最初の自覚的な歌論,すなわち文芸批評の原則を樹立した(これは貴族社会の内部から起こり,激しい社会的変動のなかで,文化的伝統を歴史的に自覚したという意味で,ヨーロッパの人文主義に通じている)。第2の時期には,本居宣長の儒教(およびある程度までは仏教)批評が,論戦の形をとってあらわれ,第3の時期,明治初年には,福沢諭吉らの啓蒙主義的な立場からの文明批評が活発になった。…

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