内藤頼由(読み)ないとう よりゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤頼由」の解説

内藤頼由 ないとう-よりゆき

1709-1780 江戸時代中期の大名。
宝永6年1月7日生まれ。信濃(しなの)(長野県)飯山藩主永井直敬(なおひろ)の5男。内藤頼卿(よりのり)の養子となり,享保(きょうほう)20年信濃高遠藩主内藤家3代。42年間藩主の座にあり,「寛保(かんぽう)の掟(おきて)」といわれる家中法度(はっと)13ヵ条などを制定。奏者番をつとめた。安永9年5月27日死去。72歳。通称は左京。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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