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東山天皇 ひがしやま てんのう

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美術人名辞典の解説

東山天皇

百十三代天皇。霊元天皇の第二皇子。母は内大臣宗条の娘、敬法門院藤原宗子。諱は朝仁。将軍徳川綱吉が江戸上野寛永寺の中堂・文殊堂を建立した際「瑠璃殿」の三字の宸筆を与えた。又、久しく絶えていた立太子礼・太嘗祭を再興した。譲位して太上天皇となる。宝永6年(1709)崩御、34才

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デジタル大辞泉の解説

ひがしやま‐てんのう〔‐テンワウ〕【東山天皇】

[1675~1709]第113代天皇。在位1687~1709。霊元天皇の第4皇子。名は朝仁(あさひと)。久しく中絶していた立太子礼大嘗祭(だいじょうさい)とを再興した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東山天皇 ひがしやまてんのう

1675-1710* 江戸時代前期-中期,第113代天皇。在位1687-1709。
延宝3年9月3日生まれ。霊元天皇の第4皇子。母は藤原宗子(敬法門院)。父の譲位で即位し,同年221年間とだえていた大嘗(だいじょう)祭を復活させた。在位22年間は5代将軍徳川綱吉の時代で,柳沢吉保(よしやす)が側用人となり,松尾芭蕉(ばしょう),井原西鶴,近松門左衛門らが活躍。富士山の宝永大噴火があった。宝永6年12月17日死去。35歳。墓所は月輪陵(つきのわのみささぎ)(京都市東山区)。幼称は五宮。諱(いみな)は朝仁(あさひと)。歌集に「東山院御詠草」。
【格言など】出づる日の光のどけみ岩戸あけし神代おぼゆる春もきにけり(「大神宮御法楽千首和歌」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

東山天皇

没年:宝永6.12.17(1710.1.16)
生年:延宝3.9.3(1675.10.21)
江戸中期の天皇。貞享4(1687)~宝永6(1709)年在位。霊元天皇第4皇子。母は松木宗条の娘宗子(敬法門院)。諱は朝仁。天和2(1682)年3月儲君,同12月親王宣下,翌3年立太子,貞享4年3月践祚,同4月即位,11月大嘗祭。儲君の制,立太子式,大嘗祭は久しく絶えていた朝儀で,父霊元院が幕府に働きかけて再興。幕府協調派の関白近衛基煕の敬慕により朝幕間の融和が進む。宝永2年幕府は朝廷御領1万石を加増。同6年6月21日譲位。陵墓は京都泉涌寺内月輪陵。<参考文献>辻達也編『日本の近世2 天皇と将軍』

(母利美和)

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世界大百科事典 第2版の解説

ひがしやまてんのう【東山天皇】

1675‐1709(延宝3‐宝永6)
第113代に数えられる天皇。在位1687‐1709年。名は朝仁。霊元天皇の第4皇子。1682年(天和2)父天皇の強い希望により儲君(ちよくん)に治定,翌年皇太子となり,ついで87年(貞享4)践祚した。立太子の儀は300余年間の中絶を復活したものであり,儲君治定は立太子以前に皇嗣の身分を確定しておく必要から始められた新儀である。在位の間,幕府では将軍徳川綱吉が皇室の尊重に努めたので,大嘗会をはじめ新嘗会,賀茂祭などの朝儀が幕府の賛助によって再興を見,御料も1万石が増献された。

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大辞林 第三版の解説

ひがしやまてんのう【東山天皇】

1675~1709) 第一一三代天皇(在位1687~1709)。名は朝仁あさひと。霊元天皇第四皇子。立太子の礼および大嘗祭だいじようさいを復活した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東山天皇
ひがしやまてんのう

[生]延宝3(1675).9.3. 京都
[没]宝永6(1709).12.17. 京都
第 113代の天皇 (在位 1687~1709) 。名は朝仁 (あさひと) 。霊元天皇の皇子。母は敬法内院藤原宗子。天和2 (1682) 年霊元天皇の儲君 (もうけのきみ) となり,翌年皇太子。貞享4 (87) 年3月受禅,同4月即位した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東山天皇
ひがしやまてんのう
(1675―1709)

皇室系譜に第113代とされる天皇(在位1687~1709)。霊元(れいげん)天皇の皇子、母は敬法門院(けいほうもんいん)松木宗子(内大臣宗条の娘)。名は朝仁(あさひと)。1687年(貞享4)元服とともに受禅、即位して大嘗(だいじょう)祭を挙行。この大嘗祭は将軍徳川綱吉(つなよし)によって130年ぶりに復活されたもので、整備された朝幕関係の姿を示している。1709年(宝永6)皇太子慶仁(やすひと)(中御門(なかみかど)天皇)に位を譲った。陵墓は京都市東山区今熊野泉山町の月輪(つきのわ)陵。[奈倉哲三]

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