冬瓜町(読み)かもりまち

日本歴史地名大系 「冬瓜町」の解説

冬瓜町
かもりまち

[現在地名]金沢市金石西(かないわにし)一丁目

宮腰(みやのこし)町の南端、犀川北岸に位置する。カムリ・カモウリともよんだ。三代藩主前田利常が城中の魚類を確保するために、元和八年(一六二二)石見国の漁民を招き、漁猟従事を条件として一人に屋敷四〇歩を与え、諸役を免除して居住させたのを始まりとする(中山文書)。この屋敷は寛永一六年(一六三九)の町奉行職務規定では肝煎一人に八〇歩、船一艘につき六〇歩と改められた(「万治以前定書」加越能文庫)。寛永二一年の検地打渡状では、加茂瓜居屋敷として船数二三艘分、肝煎一人八〇歩で七石を引高とされているが、慶安元年(一六四八)の検地打渡状では船数が減少したとみえ、引高は五石八斗となっている(「御条目等書上帳」加越能文庫)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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