利神城跡(読み)りかんじようあと

日本歴史地名大系 「利神城跡」の解説

利神城跡
りかんじようあと

[現在地名]佐用町平福

佐用川の東岸にそびえる標高三七三メートルの利神山山頂に築かれた山城跡。雲突(くもつき)城・平福(ひらふく)城ともよぶ。麓には御殿屋敷が残る。山城・御殿屋敷とも大規模な石垣遺構が残る。慶長五年(一六〇〇)播磨は姫路城主池田輝政の領地となり、甥の池田出羽守由之が支城としての利神城に入城した。平福利神城由来(田住家文書)ではこのとき現在残る遺構が築かれ、三層の天守が建てられたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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