加藤 柔子
カトウ ジュウコ
- 職業
- 地歌箏曲家
- 生年月日
- 明治8年 4月28日
- 出生地
- 東京・赤坂
- 経歴
- 14歳で箏曲家高野茂に師事、20歳ころから華族女学校(学習院女子高等部の前身)で箏曲を教えた。明治29年芙蓉会を創設、後進を育てた。高野が郷里に帰った後、小井出といに師事し、東京における九州系地歌・箏曲の代表的存在として活躍した。40歳以後は視力が衰え、失明に近い状態だった。
- 没年月日
- 昭和40年 10月6日 (1965年)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
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加藤 柔子
カトウ ジュウコ
明治〜昭和期の地唄箏曲家
- 生年
- 明治8年4月28日(1875年)
- 没年
- 昭和40(1965)年10月6日
- 出生地
- 東京・赤坂
- 経歴
- 14歳で箏曲家高野茂に師事、20歳ころから華族女学校(学習院女子高等部の前身)で箏曲を教えた。明治29年芙蓉会を創設、後進を育てた。高野が郷里に帰った後、小井出といに師事し、東京における九州系地唄・箏曲の代表的存在として活躍した。40歳以後は視力が衰え、失明に近い状態だった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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加藤柔子 かとう-じゅうこ
1875-1965 明治-昭和時代の地歌・箏曲(そうきょく)家。
明治8年4月28日生まれ。吉住小乃に長唄を,高野茂に生田流箏曲を,長谷幸輝・小出といに三味線をまなぶ。華族女学校(のち女子学習院)で箏曲をおしえ,昭和29年芙蓉(ふよう)会を創設した。昭和40年10月6日死去。90歳。東京出身。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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