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加藤磯足 かとう

美術人名辞典の解説

加藤磯足

江戸後期国学者・歌人。通称梅之助・要治郎・右衛門七・寿作、号は五十足・石足・河廼辺乃翁。尾張国起駅の本陣主・名主。はじめ田中道麿、のち本居宣長、宣長歿後には春庭に学ぶ。歌学に最も精通した。文化6年(1809)歿、63才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

加藤磯足 かとう-いそたり

1747-1809 江戸時代中期-後期の国学者。
延享4年11月15日生まれ。生家は尾張(おわり)(愛知県)起宿(おこしじゅく)の本陣。田中道麿,本居宣長(もとおり-のりなが)にまなび,歌学にも通じた。村内の風紀改革などの運動を展開して藩政改革にも協力した。文化6年10月12日死去。63歳。通称は右衛門七,梅之助,要治郎,寿作。号は河乃辺乃翁。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

加藤磯足

没年:文化6.10.12(1809.11.19)
生年:延享4.11.15(1747.12.16)
江戸中期の国学者。生年については母の生家の記録では延享5年1月23日の出生とあるという。幼名梅之助,のち要治郎,右衛門七。河之辺之翁とも号す。尾張中島郡起村(愛知県尾西市)の本陣加藤家に出生。本陣主,さらに村方取締役としての公務のかたわら,国学を田中道麿,本居宣長に学ぶ。道麿を追憶して書いた『しのぶ草』は道麿の伝記資料として貴重。家集『磯の寄藻』『磯足歌集』などがあり,国学者としては『校異首書土佐日記』を残す。学問は余暇の趣味の域を出なかった。<参考文献>服部敏良「加藤磯足の研究」上,下(『芸林』24巻4,5号)

(久保田啓一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

加藤磯足 (かとういそたり)

生年月日:1747年11月15日
江戸時代中期;後期の国学者
1809年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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