加路戸新田・加路戸堤外新田(読み)かろとしんでん・かろとつつみがいしんでん

日本歴史地名大系 の解説

加路戸新田・加路戸堤外新田
かろとしんでん・かろとつつみがいしんでん

[現在地名]木曾岬村加路戸・新加路戸しんかろと

加路戸川と鍋田なべた川に挟まれた加路戸輪中の最北端にあり、西は加路戸川を隔てて長島ながしま輪中の東殿名ひがしとのめ(現長島町)に対し、東に見入けんにゆう新田、南におお新田がある。唐戸・唐路戸・櫃島また唐櫃とも書いた(五鈴遺響)。伊勢―尾張間の航路要衝でもあり、木曾岬地域では最も早く開けた。ここに戦国時代伊藤縫殿助と家臣の太田自仙が館を構え、民家八〇〇戸余り、絹細布・木綿織を業とする者が多く住んだ。尾張八丈とは加路戸の島大布木綿のことで、その生産により繁栄した。しかし天正一三年(一五八五)地震により人家埋没し、亡所となった(長島細布)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む