勝安寺(読み)しようあんじ

日本歴史地名大系 「勝安寺」の解説

勝安寺
しようあんじ

[現在地名]高島町勝野

田中山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。勝安寺川那部氏系図(寺蔵)によれば、浄念の開基で、もと天台宗であったが、のち浄珍が蓮如に帰依し、法名を許されたという。天保下寺帳によれば、永正八年(一五一一)浄珍による開基とされる。実如より浄珍に同年下付された絵像裏書には「田中郷小目代、願主釈浄珍」とあり、大永四年(一五二四)に実如より下付された絵像(いずれも当寺蔵)の裏書には「東万木郷南市浄珍下惣道場」とあり、所在地名が違っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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