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准如 ジュンニョ

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デジタル大辞泉の解説

じゅんにょ【准如】

[1577~1630]安土桃山から江戸初期にかけての僧。浄土真宗本願寺派第12世。西本願寺の開祖。顕如の第4子。徳川家康の建立した東本願寺に長兄教如が入ったことから、東西本願寺の対立が起こった。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

准如 じゅんにょ

1577-1631* 織豊-江戸時代前期の僧。
天正(てんしょう)5年7月19日生まれ。顕如(けんにょ)の4男。母は如春尼(にょしゅんに)。浄土真宗。文禄(ぶんろく)2年豊臣秀吉の命で長兄教如(きょうにょ)にかわって本願寺12世(西本願寺)となる。大坂に津村別院,江戸に築地(つきじ)別院を創建し,教団整備につくした。教如は慶長7年徳川家康の援助で東本願寺をたてた。寛永7年11月30日死去。54歳。法名は光昭。号は理光院。

出典|講談社
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大辞林 第三版の解説

じゅんにょ【准如】

1577~1630) 浄土真宗本願寺派の第一二世。西本願寺初世。顕如の第四子。諱いみなは光昭。豊臣氏の命令で長兄教如(のち東本願寺を興す)が引退に追い込まれ、代わって法統を継いだ。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の准如の言及

【本願寺】より

…その後83年和泉国貝塚,85年大坂天満(てんま)を経て91年豊臣秀吉の命により京都七条堀川に寺を移した(西本願寺)。1592年顕如の没後,長男教如が継職したが,故あって翌年弟准如に譲り隠退した。1602年(慶長7)教如は徳川家康から寺地を七条烏丸に得て寺を造建(東本願寺)。…

※「准如」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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