日本歴史地名大系 「勝木村」の解説
勝木村
かつぎむら
[現在地名]安佐北区可部 町勝木
中世には可部庄の西限の地であったと考えられる。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳には「かつき村」として六三〇・二八石が記され、寛永一五年(一六三八)の地詰も同高。
勝木村
がつぎむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
中世には可部庄の西限の地であったと考えられる。元和五年(一六一九)の安芸国知行帳には「かつき村」として六三〇・二八石が記され、寛永一五年(一六三八)の地詰も同高。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...