勝鬘寺門前(読み)しようまんじもんぜん

日本歴史地名大系 「勝鬘寺門前」の解説

勝鬘寺門前
しようまんじもんぜん

[現在地名]中区さかえ三丁目

大津おおつ町の南西に位置し、宝暦元年(一七五一)一〇月町屋となる。井戸水は良好、土は黒土赤土・砂など。氏神若宮わかみや八幡社(府城志)。明治四年(一八七一)矢場やば町に編入。勝鬘寺は寂光山と号し、真宗大谷派。天正年中(一五七三―九二)額田ぬかた針崎はりさき(現岡崎市)勝鬘寺の住僧了意が清須きよすに建立し、元和四年(一六一八)(尾張志)、または寛永九年(一六三二)成瀬正虎の請願で藩祖徳川義直が現在地に移す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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