勧学院遺跡(読み)かんがくいんいせき

日本歴史地名大系 「勧学院遺跡」の解説

勧学院遺跡
かんがくいんいせき

[現在地名]近江八幡市馬淵町

瓶割かめわり山の西方白鳥しらとり川左岸微高地の上、標高約九八メートルにある。昭和五六年(一九八一)以降数度の発掘調査が実施され、おもに弥生時代から鎌倉時代に及ぶ遺構遺物が確認された。出土遺物のうち最古のものは縄文時代晩期の土器であるが、同時代の遺構は未確認。遺構が確認されるのは弥生時代中期以降で、中期前半の方形周溝墓群が検出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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