北条業時(読み)ほうじょう なりとき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北条業時」の解説

北条業時 ほうじょう-なりとき

1241-1287 鎌倉時代武将
仁治(にんじ)2年生まれ。北条重時の子。引付(ひきつけ)衆,評定(ひょうじょう)衆,引付頭人(とうにん)などをへて,弘安(こうあん)6年連署となり,執権北条時宗(ときむね)・貞時(さだとき)を補佐して弘安の役の戦後処理や霜月騒動鎮圧につくした。鎌倉多宝寺の開基とされている。弘安10年6月26日死去。47歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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