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北条業時 ほうじょう なりとき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北条業時 ほうじょう-なりとき

1241-1287 鎌倉時代の武将。
仁治(にんじ)2年生まれ。北条重時の子。引付(ひきつけ)衆,評定(ひょうじょう)衆,引付頭人(とうにん)などをへて,弘安(こうあん)6年連署となり,執権北条時宗(ときむね)・貞時(さだとき)を補佐して弘安の役の戦後処理や霜月騒動の鎮圧につくした。鎌倉多宝寺の開基とされている。弘安10年6月26日死去。47歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

北条業時

没年:弘安10.6.26(1287.8.6)
生年:仁治2(1241)
鎌倉中期の武将。父は重時。母は女房の備後局または越前局。妻は政村の娘。法名は鑑念(堅念)。邸宅は若宮大路近辺。文永2(1265)年に小侍所別当,引付衆,建治2(1276)年に評定衆,同3年に引付頭人と経歴し,弘安6(1283)年から同10年まで連署。文永10年の鎌倉極楽寺多宝塔造営の発願者のひとりで多宝寺の開基と目される。<参考文献>桃裕行「極楽寺多宝塔供養願文と極楽寺版瑜伽戒本」(『金沢文庫研究』61号),大森順雄『覚園寺と鎌倉律宗の研究』

(福島金治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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