北熊井村(読み)きたくまいむら

日本歴史地名大系 「北熊井村」の解説

北熊井村
きたくまいむら

[現在地名]塩尻市大字片丘

東は筑摩(ちくま)山地の高(たか)ボッチ高原で岡谷市と境し、南は南熊井(みなみくまい)、西は田(た)川を境に高出(たかいで)、北は南内田(みなみうちだ)の村々に隣接する。丘の上に人家や耕地が散在する。

文献上の初出は「吾妻鏡」文治二年(一一八六)三月条の乃貢未済庄々注文にみえる熊井郷である。長享二年(一四八八)・天正六年(一五七八)の下諏訪春秋両宮御造宮帳(諏訪大社上社文書)には「熊井北南」となっている。天文一七年(一五四八)甲斐の武田晴信と松本の小笠原長時とが塩尻峠で戦い、小笠原軍の大敗により、北熊井城は武田氏に領有された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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