北燕(読み)ホクエン(その他表記)Bei-yan; Pei-yen

精選版 日本国語大辞典 「北燕」の意味・読み・例文・類語

ほく‐えん【北燕】

  1. 中国、五胡十六国の一つ(四〇九‐四三六)。後燕の将の馮跋が後燕を奪って熱河付近に建てた国。二代で北魏に滅ぼされた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「北燕」の意味・わかりやすい解説

北燕
ほくえん
Bei-yan; Pei-yen

中国,五胡十六国の一つ。後燕の将軍馮跋 (ふうばつ) の建てた国 (409~438) 。竜城 (遼寧省朝陽) を都としたが北魏の圧迫に苦しみ,南朝の宋に入貢したりした。跋が死ぬと弟の弘が天王の位についた。弘は北魏に和を請い,藩と称して,貢献したりしたが,太興6 (436) 年北魏に攻められ,弘は高句麗に逃れたが,北魏の太延4 (438) 年高句麗王に殺された。

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改訂新版 世界大百科事典 「北燕」の意味・わかりやすい解説

北燕 (ほくえん)
Běi Yān

→燕(五胡)

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旺文社世界史事典 三訂版 「北燕」の解説

北燕
ほくえん

409〜436
五胡十六国の一国
後燕 (こうえん) の臣馮跋 (ふうばつ) が後燕を奪って建てた河北,遼西の漢人の一小国家。北魏軍に滅ぼされた。

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世界大百科事典(旧版)内の北燕の言及

【燕】より

…苻堅が淝水で東晋に敗れると,一族は国家再興を企て,西燕(384‐394)と後燕(384‐407)が興ったが,後燕は西燕を滅ぼし,河北,河南,山西,山東さらに遼東に及ぶ広大な帝国を建設した。しかし397年北魏が首都中山(河北省定県)に迫ると,国家は瓦解して南燕(河南,398‐410)と北燕(407‐436)に分裂した。【谷川 道雄】。…

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