北矢羽場村(読み)きたやはばむら

日本歴史地名大系 「北矢羽場村」の解説

北矢羽場村
きたやはばむら

[現在地名]矢巾町北矢巾きたやはば

岩崎いわさき川流域に位置し、東西に長い。北は下矢次しもやつぎ村、西は上矢次村、南は南矢羽場村・又兵衛またべえ新田。古くは南矢羽場村と一村で矢羽場村などと称されたほか、江戸時代を通して一村で把握されることも多く、矢幅とも記した。村名は源頼義が前九年の役に際して矢の羽を集めたことに由来すると伝える。元和二年(一六一六)南部利直は前年の飢饉に対処するため矢ノ羽々などに検見役として四戸久助を派遣し、種子農料の給付および免税、六月中の諸役停止を指示している(「南部利直書状」花巻四戸文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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