日本歴史地名大系 「北見方村」の解説 北見方村きたみかたむら 神奈川県:川崎市高津区北見方村[現在地名]高津区北見方多摩川右岸にあり、西は二子(ふたこ)村、南は坂戸(さかど)村、北は諏訪河原(すわがわら)村に接する。多摩川の対岸に飛地字向河原耕地(むかいがわらこうち)があり作場渡しがある。二(に)ヶ領(りよう)用水が二子村から村の中央を流れ、中ほどで宮内(みやうち)用水と上丸子(かみまりこ)用水に分岐する。永享一一年(一四三九)八月一二日の藤原藤寿丸寄進状写(県史三)によれば「稲毛新庄領家方木田見方郷」とみえ、藤寿丸の父木戸範懐が後生菩提のため宝積(ほうしやく)寺豹隠(ひよういん)庵(鎌倉か)に寄進し、藤寿丸が重ねて寄進したとある。延徳二年(一四九〇)六月二四日の山崎重久証文(同書)によれば「稲毛庄坂戸郷木田見方」の代官得分六貫文のうち三貫文が豹隠庵へ返されている。寛永年中(一六二四―四四)旗本斎藤領、元禄元年(一六八八)幕府直轄領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by