北静廬(読み)きた せいろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北静廬」の解説

北静廬 きた-せいろ

1765-1848 江戸時代後期の国学者,狂歌師
明和2年生まれ。生家は江戸新橋の割烹(かっぽう)金春(こんぱる)屋。屋根葺(やねふき)棟梁の北氏をつぐ。元木網(もとの-もくあみ)に狂歌を,山岡浚明(まつあけ)に国学をまなび,博識で知られた。嘉永(かえい)元年3月29日死去。84歳。本姓は鈴木。名は慎言(ちかのぶ)。字(あざな)は有和。通称は三左衛門。別号に梅園,四当書屋,網破損針金(あぶりこのはそん-はりがね)。著作に「梅園日記」「静廬俗考」,編著に「もとの雫」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む