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北風正造 きたかぜ しょうぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北風正造 きたかぜ-しょうぞう

1834-1895 幕末-明治時代の豪商。
天保(てんぽう)5年2月11日生まれ。兵庫の北風荘右衛門家の婿養子。幕府の箱館産物会所用達をつとめる一方,ひそかに尊王派を援助する。明治2年兵庫在勤商法司判事。米商会社,第七十三国立銀行の創立にもつくす。のち家業は衰退し破産した。明治28年12月5日死去。62歳。山城(京都府)出身。本姓は長谷川。前名は貞忠(さだただ)。通称は荘右衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

北風正造

没年:明治28.12.5(1895)
生年:天保5.2.11(1834.3.20)
幕末明治期の兵庫の豪商。山城国(京都府)紀伊郡竹田村の郷士長谷川景則の次男。嘉永5(1852)年19歳で北風荘右衛門の婿養子となり,安政2(1855)年家督を相続して荘右衛門貞忠と改名。北海道との北前船による北前交易を通して北海産物や西南地区との米穀取引に従事する。同5年箱館産物会所の用達兼生産捌方取締に,慶応3(1867)年の兵庫開港に際しては兵庫商社肝煎に任ぜられ,御用金を献上した。一方では僧月照,西川耕蔵,西郷隆盛など多くの勤皇の志士と交わり,ひそかに資金を与えて援助した。維新後は積極的に新政府に協力し,また私財を投じて民兵の兵庫隊をつくり治安維持をはかり,庶民教育のため明親館設立にも尽力した。明治2(1869)年会計官商法司判事となるや正造と改名。県出納掛,通商為替会社頭取などを歴任し,同6年公職を辞してからも兵庫新川開削事業や米商会社,七十三国立銀行,商法会議所などの創立に尽力した。しかし家業は衰退して同18年に破産し,同28年12月5日正造の死とともに北風家は絶家した。<参考文献>安田荘右衛門『北風遺事・残燈照古抄』,村田誠治『神戸開港三十年史』,『再版神戸市史』別録1

(柚木学)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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