コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

新薬師寺 しんやくしじ

7件 の用語解説(新薬師寺の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

新薬師寺
しんやくしじ

奈良市高畑町にある華厳宗の寺。天平 19 (747) 年に光明皇后聖武天皇の眼病平癒祈願のため創立。創建当時の唯一の遺構である天平時代の本堂,平安時代初期の本尊『薬師如来坐像』,天平時代の『十二神将立像』はともに国宝で名高い。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

しん‐やくしじ【新薬師寺】

奈良市高畑町にある華厳宗別格本山。山号は日輪山。天平19年(747)光明皇后聖武天皇の病気平癒を祈願して建立したと伝える。開山は行基奈良時代末期の遺構をとどめる本堂や薬師如来坐像・十二神将像は国宝。香山寺。香薬師寺。香薬寺。香山薬師。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

新薬師寺【しんやくしじ】

奈良市高畑町にある華厳宗の寺。別格本山。南都十五大寺の一つ。聖武天皇の病気平癒(へいゆ)を祈り747年に光明皇后が創建したと伝えるが,明らかでない。現本堂は奈良時代の建築。
→関連項目一木造

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

新薬師寺

奈良県奈良市にある寺院。創建は747年。宗派は華厳宗。本尊の木造薬師如来坐像と塑造十二神将立像は国宝に指定。

出典|小学館
デジタル大辞泉プラスについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

しんやくしじ【新薬師寺】

奈良市高畑町にある華厳宗の別格本山。本尊薬師如来座像。南都十五大寺の一つ。新薬寺,香山薬師寺,香薬寺とも称せられた。《東大寺要録》《延暦僧録》によると,747年(天平19)3月に光明皇后が聖武天皇の病気全快を祈って七仏薬師像と九間仏殿を創建したのに始まり,平城右京の薬師寺に対して新建の薬師寺という意味で新薬師寺と称せられた。《正倉院文書》では748年7月に寺名が初見し,749年(天平勝宝1)7月に諸大寺の墾田地限を定めたとき,法隆寺,弘福寺,四天王寺などとともに500町と認められた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

しんやくしじ【新薬師寺】

奈良市高畑町にある華厳宗の寺。747年、光明皇后が聖武天皇の眼病平癒を祈願して、行基に命じて建立、東大寺別院としたのに始まる。780年本堂を残して焼失、鎌倉時代に再興。平安初期の薬師如来像や奈良末期の十二神将像は国宝。旧名、香薬師寺。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

新薬師寺
しんやくしじ

奈良市高畑(たかばたけ)町にある華厳(けごん)宗の寺。日輪山(にちりんさん)と号し、香(こう)薬師寺、香薬寺、香山(こうぜん)薬師ともいう。本尊は薬師如来(にょらい)。寺伝によると、もとは聖徳太子の創建で、香薬師仏を本尊とする香薬師寺といった。『東大寺要録』によれば、奈良時代、聖武(しょうむ)天皇の眼病平癒を祈願して光明(こうみょう)皇后が仏堂を建立して丈六薬師如来像を安置し、その胎内に本尊香薬師仏および仏舎利5粒、宸筆(しんぴつ)『薬師本願経』『法華経(ほけきょう)』、皇后御筆の『金剛般若経(こんごうはんにゃきょう)』と『法華経』各1部を収めたのに始まり、また東大寺別院となって、寺号も日輪山新薬師寺と改めたという。一説には光明皇后の眼病平癒を祈って聖武天皇が発願した寺であるともいう。749年(天平勝宝1)には墾田(こんでん)500町が施入され、4丁四方に七堂伽藍(がらん)の結構を誇る住僧1000人の大寺となった。東大寺とともに南都十大寺の一つに数えられた。780年(宝亀11)西塔に落雷があって現本堂(国宝)を残し焼失して衰亡したが、鎌倉時代には、明恵上人(みょうえしょうにん)が住して東門、南門、地蔵堂、鐘楼(以上、国の重要文化財)などを再建し、解脱(げだつ)上人貞慶(じょうきょう)は多くの衆徒(しゅと)をこの寺に集めた。江戸時代、護持院隆光(りゅうこう)が徳川綱吉の母桂昌院(けいしょういん)の意向を受けて再建にあたり、幕府から寺領100石の寄進を受けた。
 国宝建造物をはじめ奈良から江戸時代にかけての彫刻・絵画・工芸の貴重な宝物が多い。とくに、本尊の丈六薬師如来像、円形須弥壇(しゅみだん)上の十二神将立像は国宝で、有名である。ほかに十一面観音像、准胝(じゅんてい)観音像、絹本着色仏涅槃(ぶつねはん)図などが国の重要文化財に指定されている。また、1943年(昭和18)盗難にあって現在所在不明の銅造香薬師仏(国の重要文化財)は、白鳳(はくほう)時代の逸品であった。境内には会津八一(あいづやいち)の歌碑がある。[里道徳雄]
『『古寺巡礼 奈良4 新薬師寺』(1979・淡交社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の新薬師寺の言及

【奈良時代美術】より

…これに対して伝日光・月光像は,その造形に法華堂本尊に通うものがあるが繊細な温雅さがあり,乾漆像が唐代全盛の気宇壮大な様式を伝えているのに対して,伝日光・月光像はこれらの様式を消化したこの時代の和様像となす向きもある。 また天平年間の造立とみなされるものに,新薬師寺の十二神将像がある。塑像の白土下地に彩色および漆箔仕上げが施されている。…

※「新薬師寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

新薬師寺の関連情報