十市王洋(読み)とおち おうよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「十市王洋」の解説

十市王洋 とおち-おうよう

?-1897 江戸後期-明治時代の日本画家。
十市石谷(せきこく)の子。豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)藩士。父に画の手ほどきをうけ,田能村竹田(たのむら-ちくでん)に私淑(ししゅく)。長崎鉄翁祖門(てっとう-そもん),国学者の物集高世(もずめ-たかよ)にもまなぶ。和歌もよくした。明治30年1月8日死去。名は安居(やすおき)。通称は錫,左衛士

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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