千曲川往還橋
ちくまがわおうかんばし
中山道塩名田宿と御馬寄村の間の千曲川に架かる橋。橋を管理して往還の交通を確保することが、塩名田宿の村方と御馬寄村に課せられた責務であったが、急流ゆえ橋の流失することはしばしばであった。
寛保二年(一七四二)の大洪水以後、それまで両岸から巨大な梁木をせり出させ、その上に架橋する刎橋方式を改め、同三年より船渡しとしたが、往来の危険と不便のため、寛延三年(一七五〇)に再び刎橋となり、享和・文化年代(一八〇一―一八)から長さ一〇〇間ほどの土橋として明治六年(一八七三)に至る。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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