千村氏陣屋跡(読み)ちむらしじんやあと

日本歴史地名大系 「千村氏陣屋跡」の解説

千村氏陣屋跡
ちむらしじんやあと

[現在地名]飯田市中央通二丁目

あら町の中央部に位置する。

千村氏は、美濃国八十一鱗くくり(現岐阜県可児かに郡可児町)領主であったが、「信州伊奈郡郷村鑑」に「是ハ尾州御与力ナレ共、公儀御料御預リ、大坂御陣之時飯田ニ城主無之、城ハ保科弾正殿御預リ、飯田料地方ハ千村平右衛門良重卿ヘ御預リ、箕瀬羽場ニ御陣屋ヲ被建、元和三年脇坂氏飯田ヘ得替五万石渡リ、其残基儘平右衛門殿御預リ」とみえるように、伊那郡の脇坂氏の領地五万石の残り四千六〇〇石余を千村氏が預り、伊那の材木産地の村々を支配した。初めは箕瀬羽場みのぜはばに陣屋を建てたが明暦三年(一六五七)に荒町に陣屋を移した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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