千田八幡宮(読み)ちだはちまんぐう

日本歴史地名大系 「千田八幡宮」の解説

千田八幡宮
ちだはちまんぐう

[現在地名]鹿央町千田 辺田

千田川右岸の台地西側斜面に立地する。祭神は神功皇后など三神。幕末まで玉名(たまな)郡中富手永の鎮守として尊崇を集めた。旧郷社。聖母(しようも)八幡宮ともいう。建長五年(一二五三)の建立とも、また再建とも伝える。ちなみに周辺の聖母八幡の創建は「国誌」によれば、鹿本町中富(なかどみ)が建治三年(一二七七)、同藤井(ふじい)が弘安六年(一二八三)、同分田(ぶんだ)が建武二年(一三三五)という。当社が千田庄の鎮守として勧請されたとすれば、当社を香椎聖母八幡ともよぶことなどから、これらの創建は筑前香椎八幡の神領拡張の記念碑とみることもできよう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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