千疋峠(読み)せんびきとうげ

日本歴史地名大系 「千疋峠」の解説

千疋峠
せんびきとうげ

[現在地名]玉川町木地

奈良原ならばら神社への旧参道には、至る所山桜・染井吉野の老木がある。とくに鈍川にぶかわよりの参道、ほとけとうげと千疋峠は桜の名所として知られる。千疋峠は標高約五〇〇メートル、瀬戸内遠望を背景とし、南二キロの地点に楢原ならばら山を望む雄大な景観をもち、「千疋のさくら」は昭和一六年(一九四一)に国指定の名勝となった。当時の指定申請書によると、「目通り一丈六尺―一丈二〇本、九尺―一丈一〇本、六尺―九尺二八本、その他合わせて一五二本、面積九町三反四畝」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の千疋峠の言及

【玉川[町]】より

…境内には奈良原山経塚遺跡(史)があり,平安末期の銅宝塔をはじめ出土品は国宝。神社への旧参道には桜が多く,千疋峠の桜は〈千疋桜〉として国の名勝。八幡(やわた)に四国八十八ヵ所57番札所の栄福寺,別所の佐礼山山頂近くに58番札所の仙遊寺がある。…

※「千疋峠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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