半田銀山跡(読み)はんだぎんざんあと

日本歴史地名大系 「半田銀山跡」の解説

半田銀山跡
はんだぎんざんあと

[現在地名]桑折町北半田

半田山(八六三・一メートル)の麓に広がる銀山で、大同二年(八〇七)に開かれたとの伝承がある。上杉氏領時代の慶長年間(一五九六―一六一五)から稼行が開始され、当初は地元北半田村太左衛門、南半田村主計によって採掘された(半田銀山一件秘伝書物)。元禄一三年(一七〇〇)に成立した桑折藩の時代になって以降隆盛となり、各地の山師が採掘を競った。延享四年(一七四七)当銀山が好況となったため桑折藩奥平氏は転封となり、同藩領二〇村のうち一二村は幕府の佐渡奉行預地となった。その頃の銀山の小屋数は一〇七軒で、銀山労働者は八七六人を数えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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