南中之町寺町(読み)みなみなかのちようてらまち

日本歴史地名大系 「南中之町寺町」の解説

南中之町寺町
みなみなかのちようてらまち

[現在地名]堺市中之なかのひがし四丁

南片原下之みなみかたはらしもの町にある寺院街区(→寺町。元禄二年(一六八九)堺大絵図には妙法みようほう寺・宝樹ほうじゆ寺・一甫いつぽ庵・生善しようぜん寺・常満じようまん寺・正法しようぼう寺・宝光ほうこう寺・慈光じこう寺の八ヵ寺がみえる。うち現存するのは妙法寺・正法寺・宝光寺・慈光寺。宝樹寺は浄土宗で永禄元年(一五五八)深蓮社然誉永公善永の創建(堺市史)、俗に梅の寺といった(大阪府全志)。本堂須弥壇後背張壁の釈迦三尊像は土佐光起筆で、土佐家の位牌もあった。一甫庵は南宗なんしゆう寺の子院。生善寺は浄土宗で行基の開基と伝え、天正四年(一五七六)覚誉了心の中興

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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