日本歴史地名大系 「南宮村」の解説 南宮村なんぐうむら 宮城県:多賀城市南宮村[現在地名]多賀城市南宮山王(さんのう)村の北に位置し、七北田(ななきた)川が形成した自然堤防と後背湿地上に立地。東は市川(いちかわ)村、西は岩切(いわきり)村(現仙台市)。国分原町(こくぶはらのまち)(現同市)から塩竈村への道が通り、道沿いに家並が形成されていた。岩切村からの道の両側には、仙台城下芭蕉の辻より三里にあたる一里塚があった(多賀城町誌)。中世は留守氏の所領の一で南宮庄とよばれた。正保郷帳によると田四五貫一二三文・畑四貫八二六文、ほかに新田八貫一〇九文。旱損と注されている。「安永風土記」では田五五貫五三二文・畑五貫六七三文、うち蔵入地が九貫一三〇文、ほかは給所。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by