南宮村(読み)なんぐうむら

日本歴史地名大系 「南宮村」の解説

南宮村
なんぐうむら

[現在地名]多賀城市南宮

山王さんのう村の北に位置し、七北田ななきた川が形成した自然堤防と後背湿地上に立地。東は市川いちかわ村、西は岩切いわきり(現仙台市)国分原町こくぶはらのまち(現同市)から塩竈村への道が通り、道沿いに家並が形成されていた。岩切村からの道の両側には、仙台城下芭蕉の辻より三里にあたる一里塚があった(多賀城町誌)中世は留守氏の所領の一で南宮庄とよばれた。正保郷帳によると田四五貫一二三文・畑四貫八二六文、ほかに新田八貫一〇九文。旱損と注されている。「安永風土記」では田五五貫五三二文・畑五貫六七三文、うち蔵入地が九貫一三〇文、ほかは給所。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む