南都焼き打ち

共同通信ニュース用語解説 「南都焼き打ち」の解説

南都焼き打ち

平家の支配に反抗的な東大寺や興福寺といった奈良(南都)の仏教勢力を屈服させるため、平清盛たいらのきよもりが1180年、息子の重衡しげひらを派遣。南都の僧兵らと戦った平家の軍勢が町に火を付け、大火となった。興福寺や東大寺にも燃え移り、東大寺では大仏殿や講堂、東塔といった主要な建物が焼けた。平家物語には、大仏の頭が焼け落ちたとする様子も書かれている。

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