原市之進(読み)はら いちのしん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「原市之進」の解説

原市之進 はら-いちのしん

1830-1867 幕末武士
文政13年1月6日生まれ。常陸(ひたち)水戸藩士。会沢正志斎(あいざわ-せいしさい),藤田東湖にまなび,のち昌平黌(しょうへいこう)にはいる。帰藩後は弘道館訓導。一橋慶喜(よしのぶ)につかえ,慶喜が将軍職につくと目付となり,兵庫開港をとなえ,慶応3年8月14日部下の幕臣に暗殺された。38歳。名は忠敬,忠成。字(あざな)は仲寧(ちゅうねい)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「原市之進」の解説

原市之進 (はらいちのしん)

生年月日:1830年1月6日
江戸時代末期の幕臣
1867年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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