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藤田東湖 ふじた とうこ

デジタル大辞泉の解説

ふじた‐とうこ〔ふぢた‐〕【藤田東湖】

[1806~1855]江戸末期の儒学者。水戸藩士。幽谷(ゆうこく)の二男。名は彪(たけき)。通称、虎之助。藩主徳川斉昭のもとで藩政改革に尽力。また、その思想は尊王攘夷運動に大きな影響を与えた。安政の大地震圧死。著「正気歌(せいきのうた)」「回天詩史」など。

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百科事典マイペディアの解説

藤田東湖【ふじたとうこ】

幕末の水戸学者。常陸(ひたち)水戸藩士。名は彪(たけし),字は斌卿。藤田幽谷の次男。父のあとを継ぎ1827年彰考館編修となり,1829年藩主継嗣問題に際し徳川斉昭の擁立に成功。
→関連項目会沢正志斎安政地震佐久間象山橋本左内横井小楠吉田東洋

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤田東湖 ふじた-とうこ

1806-1855 江戸時代後期の武士,儒者。
文化3年3月16日生まれ。藤田幽谷の次男。常陸(ひたち)水戸藩士。徳川斉昭(なりあき)を藩主に擁立し,以後腹心として藩政改革を推進。斉昭が謹慎処分をうけると免職され幽閉されるが,嘉永(かえい)6年斉昭の幕政参加とともに海防掛,側用人,学校奉行などをつとめ江戸で活躍。「弘道館記述義」は尊攘(そんじょう)家に影響をあたえた。安政2年10月2日の大地震の際,小石川藩邸内で死去。50歳。名は彪。字(あざな)は斌卿(ひんけい)。通称は誠之進。著作に「回天詩史」など。
【格言など】衆を容るるは人君の徳也

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤田東湖

没年:安政2.10.2(1855.11.11)
生年:文化3.3.16(1806.5.4)
水戸藩天保改革派の中心人物のひとりで後期水戸学の大成者のひとり。諱は彪。武次郎,虎之助,誠之進と称す。字は斌卿,東湖と号す。父は後期水戸学の重鎮藤田幽谷。母は藩士丹武衛門の娘梅。文政10(1827)年,家督相続,200石,進物番,史館(彰考館)編修。藤田派,立原派の和解に努力。史館総裁代役に進む。12年,徳川斉昭を水戸藩主継嗣に擁立する運動を推進。斉昭襲封後,郡奉行,江戸詰通事,天保6(1835)年に御用調役,同11年に側用人に累進して戸田忠太夫と天保改革中枢を形成した。土地方改掛,御勝手改正掛,弘道館掛を兼務。弘化1(1844)年に斉昭が隠居謹慎に処せられると免職,禄剥奪。同3年,幽閉,同4年,居宅謹慎。嘉永5(1852)年閏2月に処分解除。6年に斉昭の幕政参与に伴い幕府海防掛,安政1(1854)年1月,側用人に復帰,翌2年の安政大地震で江戸藩邸で圧死。若年のころ,常陸大津浜に英船出現の際,攘夷のため駆けつけたという。代表作『弘道館記述義』『常陸帯』。

(吉田昌彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじたとうこ【藤田東湖】

1806‐55(文化3‐安政2)
江戸後期の水戸学の代表的な実践活動家。名は彪,東湖は号。幕末水戸学の祖藤田幽谷の子。父の没後に水戸藩の史局彰考館の編修,次いで総裁代理となるが,1829年(文政12)藩主の継嗣問題が起こると,前藩主の弟斉昭擁立に奔走し,斉昭が家督を継ぐと郡奉行,江戸通事,御用調役さらに側用人と累進し,その腹心として機務に参画する。しかし44年(弘化1)斉昭が幕府の忌諱にふれて隠居謹慎に処されると,蟄居(ちつきよ)謹慎を命じられる。

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大辞林 第三版の解説

ふじたとうこ【藤田東湖】

1806~1855) 江戸末期の思想家。水戸藩士。幽谷の次男。名は彪たけし。徳川斉昭のもとにあって藩政改革に当たる一方、その熱烈な尊攘論により勤王家を主導した。安政の大地震で圧死。著「正気歌」「回天詩史」「弘道館記述義」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤田東湖
ふじたとうこ

[生]文化3(1806).3.16. 水戸
[没]安政2(1855).10.2. 江戸
江戸時代後期の水戸学派の儒学者。幼名は武次郎,通称は虎之助,名は彪,字は斌卿。朱子学派の儒学者藤田幽谷の子。江戸に出て,亀田鵬斎,太田錦城に儒学を学び,文政 10 (1827) 年父の跡を継ぎ彰考館編修となり,同 12年には彰考館総裁代理。藩主継嗣問題で下士改革派の中心として活躍し,徳川斉昭の擁立に成功。斉昭の知遇を得て,藩政改革に努め,弘道館の設立,兵制整備などを行なったが,保守派の巻返しにあい,江戸幕府の忌諱に触れ蟄居を命じられた。嘉永5 (52) 年許され,斉昭が幕政に参加するに及んで側用人として活躍し,海防策に力を尽した。朱子学的名分論に基づく尊王攘夷論によって尊王派志士の指導的役割を果していたが,安政大地震で圧死。主著『常陸帯』 (44成立) ,『回天詩史』 (56) ,『弘道館記述義』『正気歌』。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤田東湖
ふじたとうこ
(1806―1855)

江戸後期の水戸藩士、水戸学者。文化(ぶんか)3年3月16日藤田幽谷(ゆうこく)の次男として、水戸上町梅香(ばいこう)に生まれる。幼名武次郎、のち虎之介。諱(いみな)は彪(たけき)、字(あざな)は斌卿(ひんけい)、東湖はその号。父の家塾青藍舎(せいらんしゃ)で儒学などを修め、江戸に出て剣を岡田十松(おかだじゅうまつ)に学んだ。学問は一派に偏せず広く学び、朱子学にはこだわらなかった。1826年(文政9)父の死にあい、22歳で家督を継ぎ家禄(かろく)200石を受け、彰考館(しょうこうかん)編修となった。徳川斉昭(とくがわなりあき)の藩主就任のときには、斉昭を擁立する改革派の先頭にたって活躍した。水戸の天保(てんぽう)の改革では終始斉昭の側近として改革を推進した。1840年(天保11)35歳で側近三役の一つ、側用人(そばようにん)の重職に抜擢(ばってき)され、やがて役料も加え500石を給せられた。父が町家出であるのを思えば、破格の昇進である。藩校弘道館(こうどうかん)の建設では、斉昭の意を受けてもっとも尽力した。建学の方針を示した「弘道館記」は、東湖が成文の中心で、その解説『弘道館記述義』は、会沢正志斎(あいざわせいしさい)の『新論』とともに、水戸学の教典とされ、東湖作の「正気歌」などとともに、幕末の尊攘(そんじょう)運動家に大きな影響を与えた。1844年(弘化1)斉昭の失脚とともに東湖も幕命をもって罷免され、謹慎を命ぜられた。やがて斉昭が幕府の外交に参与するに至り、東湖も中央で活躍する機会に恵まれ、1854年(安政1)には側用人再勤となり、翌1855年9月には学校奉行(ぶぎょう)兼職となり600石を給せられ、安政(あんせい)の改革推進役となったが、同年10月2日江戸大地震のため官舎で50歳の波瀾(はらん)の生涯を閉じた。著書には前述のほか、『回天詩史』『常陸帯(ひたちおび)』(ともに1844成立)『回天必力』など、力のこもった内容のものが多く、東湖流といわれる独特の書風と水戸人としては珍しく度量の広い人柄と相まって、水戸学普及のうえに大きな役割を果たした。[瀬谷義彦]
『菊池謙二郎編『新定 東湖全集』全1巻(1940・博文館/復刻版・1998・国書刊行会) ▽今井宇三郎・瀬谷義彦・尾藤正英校注・解説『日本思想大系53 水戸学』(1973・岩波書店) ▽菊池謙二郎著『藤田東湖伝』(1899・金港堂書籍) ▽中村孝也著『藤田東湖』(1942・地人書館)』

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367日誕生日大事典の解説

藤田東湖 (ふじたとうこ)

生年月日:1806年3月16日
江戸時代末期の水戸藩士;後期水戸学の大成者
1855年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の藤田東湖の言及

【大島高任】より

…時代的にも,幕末期を迎える時期にあり,国防のための武器が必要となり,そのための大量の鉄材が要求されるようにもなっていた。 また,53年(嘉永6)藤田東湖らによって水戸藩に反射炉を築造する計画が出されたとき,技術者として積極的に参加し,55年(安政2)その築造を成功させている。そして,鋳造用銑鉄を確保するために,南部藩釜石鉄山の開発を進め,鉄鉱石を原料とする洋式高炉を日本で最初に建設した。…

【弘道館記述義】より

藤田東湖の主著の一つ。1847年(弘化4)成稿。…

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