コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

原田二郎 はらだ じろう

2件 の用語解説(原田二郎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

原田二郎 はらだ-じろう

1849-1930 明治-大正時代の実業家。
嘉永(かえい)2年10月10日生まれ。大蔵省銀行局勤務をへて,明治12年横浜の第七十四国立銀行頭取となる。辞職後,井上馨(かおる)にこわれて大阪鴻池(こうのいけ)家の財政改革にあたる。大正9年私財を投じて財団法人原田積善会を設立し,社会事業に貢献した。昭和5年5月5日死去。82歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

原田二郎

没年:昭和5.5.5(1930)
生年:嘉永2.10.10(1849.11.24)
明治大正期の大阪の鴻池財閥経営者。伊勢国(三重県)松坂に紀州(和歌山)藩士の原田清一郎の長男として生まれる。維新後に洋学を学び,明治8(1875)年大蔵省に入ったのち,同12年横浜の第七十四国立銀行頭取となったが,2年で辞職した。同33年,鴻池銀行東京支配人芦田順三郎が義弟であった関係もあり,請われて鴻池銀行に入り,同40年同銀行専務理事,大正4(1915)年鴻池家監督に就任するなど,鴻池銀行および鴻池家政の事実上の最高経営者となった。鴻池家の事業を銀行経営中心とし,諸事業からの撤退をすすめるなど,その経営方針は堅実を旨とした。同8年鴻池家から引退。翌年、全財産1020万円を投じて財団法人原田積善会を創立,晩年は慈善事業に専心した。

(宮本又郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

原田二郎の関連キーワード鴻池直耕楯山登農業経営者一世代家族経営三和銀行[株]大阪府東大阪市鴻池町大阪府東大阪市鴻池元町鴻池新十郎鴻池藤一島村久

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

原田二郎の関連情報