日本歴史地名大系 「及位村」の解説 及位村のぞきむら 山形県:最上郡真室川町及位村[現在地名]真室川町及位釜淵(かまぶち)村の北東に位置し、塩根(しおね)川(真室川)の最上流域にあたる。南は六〇〇―八〇〇メートルの山地を境に中田(なかだ)村(現金山町)などと境し、東・北は八〇〇―一〇〇〇メートル級の山並で出羽国雄勝(おがち)郡との境をなす。主寝坂(しゆねざか)峠を越えて当村に入る羽州街道は当地を縦断し、雄勝峠越で雄勝郡に向かう。枝郷に鏡沢(かがみざわ)・田代(たしろ)・朴木沢(ほおきざわ)・塩根川(しおねがわ)がある。朴木沢は本郷集落と雄勝峠の間にあり、新田本村鑑によれば三郎右衛門なる者が山回りおよび境守を勤めていたが、山中が広く諸木も多いために、秋田藩領より盗伐に来る者も多かったという。慶長七年(一六〇二)一〇月晦日の信太飛騨守等連署過所(佐藤文書)が「ふうき沢」の三郎衛門に与えられている。元和八年(一六二二)の御前帳写では高一六九石余、寛文四年(一六六四)の新田高三四石余(新田本村鑑)、明和三年(一七六六)には高三六九石余・反別三五町六反余、文化元年(一八〇四)には高三七二石余、うち田方三五六石余、反別三五町七反余、うち田方三三町九反余(吉村本村鑑)、文政一〇年(一八二七)の新庄領総高控では竈数八〇(うち借屋四)、人数四五三、駄馬九・駒二九。 及位村のぞきむら 秋田県:由利郡大内町及位村[現在地名]大内町及位芋(いも)川の中流左岸にあり、北は長坂(ながさか)村、西は葛葉見(くつばみ)村と接し、南に標高三七一・九メートルの薬師(やくし)山がある。慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に新沢(あらさわ)郷の一村として村名がある。寛永二年(一六二五)では一九五石三斗八升二合、納米一一三石三斗二升一合、免五ツ八分(油利之内修理大夫様御知行御検地帳免定之目録写)。正保三年(一六四六)の出羽国油利郡内高目録(秋田県庁蔵)に一五八石一斗七升二合とあり、そのうち畑は三石九斗二升六合で、「水損所」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by