改訂新版 世界大百科事典 「取越正月」の意味・わかりやすい解説
取越正月 (とりこししょうがつ)
暦日上の正月を待たずに年の途中に儀礼的に正月を迎え,旧年から脱しようとすること。天候不順で秋の実りが危ぶまれたり,悪疫が流行したり,天変地異が続くと,ときならずだれが始めるともなく餅を搗(つ)き,門松を立て,しめ縄を引き,服装を改めて正月礼に歩くことが起こり,次々に近隣に流行することがあった。これはその年の忌まわしさから脱し新たな嘉年を期待して行われるもので,仮作正月(かさくしようがつ)とも流行正月(はやりしようがつ)ともいわれる。近代以前にしばしば行われたことで,時期的には6月前後が多かった。これと心意を同じくするものは現行の民俗にも多く,例えば,年内に不幸のあった家で12月巳の日などに餅を搗いて墓前で食べるという四国地方の仏の正月(巳正月(みしようがつ),辰巳正月(たつみしようがつ)ともいう)は,亡者と最後の食別れをして旧年を脱し,清らかになって新春を迎えようとするものと思われる。また,厄年の者が2月1日に簡単な正月の設けをして年重ねの儀礼を行うことは各地にあるが,厄のついた旧年から早く逃れようとする心意からきている。同齢者の死に際し,餅などを用意して耳ふさぎの呪法を行うこともまた,正月食品の餅を用いることで一つ年を重ねたことを意味し,死者とはすでに同齢でなくなったことを示そうとしたものであろう。
執筆者:田中 宣一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報