叡仁入道親王(読み)えいにんにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「叡仁入道親王」の解説

叡仁入道親王 えいにんにゅうどうしんのう

1730-1753 江戸時代中期,有栖川宮職仁(ありすがわのみや-よりひと)親王の第2王子。
享保(きょうほう)15年11月21日生まれ。中御門(なかみかど)天皇養子で,天台宗三千院門跡(もんぜき)をつぐ。元文5年親王となり,翌年尊祐入道親王のもとで出家。延享2年江戸城内で東照宮百年忌法会の導師をつとめた。宝暦3年7月22日死去。24歳。幼称は緋宮。俗名は有頼。

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367日誕生日大事典 「叡仁入道親王」の解説

叡仁入道親王 (えいにんにゅうどうしんのう)

生年月日:1730年11月21日
江戸時代中期の僧
1753年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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