日本歴史地名大系 「古佐布郷」の解説
古佐布郷
こさわごう
紀ノ川の支流で南岸の山地を流れる
古佐布の名は寛弘元年(一〇〇四)九月二五日の太政官符案(前田家本「高野寺縁起」所収)にみえ、当時、高野山金剛峯寺と中納言平惟仲との係争地の一つであった。弘安八年(一二八五)九月日付の高野山金剛峯寺寺領注文(「続風土記」所収)には「古佐布郷
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
紀ノ川の支流で南岸の山地を流れる
古佐布の名は寛弘元年(一〇〇四)九月二五日の太政官符案(前田家本「高野寺縁起」所収)にみえ、当時、高野山金剛峯寺と中納言平惟仲との係争地の一つであった。弘安八年(一二八五)九月日付の高野山金剛峯寺寺領注文(「続風土記」所収)には「古佐布郷
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/28 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新