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古宮城 ふるみやじょう

日本の城がわかる事典の解説

ふるみやじょう【古宮城】

愛知県新城(しんしろ)市(旧南設楽郡作手(つくで)村)にあった戦国時代の平山城(ひらやまじろ)。同市指定史跡。同県北東部の山間部、作手盆地中央部の標高約580m、比高20~30mほどの丘の上にあった250m×200mほどの規模の城である。『三河国二葉松』によれば武田信玄が重臣の馬場美濃守信春に命じて三河の徳川家康の攻略拠点、亀山城(新城市、作手城とも通称される)の作手奥平氏を監視する拠点として築城させたともいわれ、武田流の城郭の特徴を残しているが、築城年代・経緯は不明。甲斐(山梨県)以外では、諏訪原城(静岡県島田市)、牧之島城(長野県長野市)、岡城(長野県上田市)などと並ぶ戦国時代の代表的な武田流の城の遺構の一つになっている。『中津藩史』によると、1573年(天正1)、作手一帯を所領としていた亀山城の奥平貞能は武田氏から離反し、城を放棄して武田氏から逃れたが、古宮城の武田勢がこれを追捕したという。武田軍が逃亡する奥平勢に迫ったところ、奥平氏の別働隊が古宮城を襲う陽動作戦を行ったため、追捕を断念して古宮城に戻ったという記述がある。また、廃城に至る経緯も明らかではないが、1575年(天正3)5月の長篠・設楽ヶ原の戦いで、武田勝頼率いる武田軍が織田・徳川連合軍に大敗したことで、三河の武田氏の勢力圏も大きく後退したが、その際に廃城となったのではないかとも推定されている。白鳥神社の背後にある山林がかつての城跡で、土塁・曲輪(くるわ)・横堀・竪堀など、その遺構のほとんどが破壊されずに現存している。枡形虎口は武田氏の城郭の特徴を残す遺構である。ただし、現在までに本格的な発掘調査は行われておらず、城の詳細な解明が待たれている。JR飯田線新城駅から車で約25分。◇作手城ともよばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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