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古田重治 ふるた しげはる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

古田重治 ふるた-しげはる

1578-1625 織豊-江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)6年生まれ。古田重則(しげのり)の3男。慶長11年兄重勝(しげかつ)が病死したとき,嗣子重恒(しげつね)が幼少だったため,伊勢(いせ)(三重県)松坂藩主古田家2代となる。元和(げんな)5年石見(いわみ)(島根県)浜田に移封,浜田城(亀山城)をきずいた。9年重恒に家督をゆずる。寛永2年11月25日死去。48歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。

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世界大百科事典内の古田重治の言及

【浜田[市]】より

…1543年(天文12)毛利氏は一族の繁沢元氏を那賀郡浜田の夕日ヶ丘において石見支配の一拠点とした。1619年(元和5)古田重治が石見国に封じられ浜田藩が成立すると,古田は夕日ヶ丘を含む亀山に浜田城を築き,山麓一帯を曲輪内として上・中級武士の居住地とした。城下町は浜田川左岸の原井村の一部に造成し,ここに紺屋町,新町,片庭町,蛭子(えびす)町,檜物屋(ひものや)町,門ヶ辻(かどがつじ)町,辻町,原町が成立した。…

【浜田藩】より

…ただし初期は外様,末期は親藩。1619年(元和5)古田重治が伊勢国松坂より浜田へ封じられ,那賀,邑智,美濃3郡で5万0400余石の浜田藩が成立した。藩領は東部はほぼ江川をもって石見銀山領と境するが,江川舟運の要津や銀山の所在地は江川を越えて銀山領に編入された。…

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