
(八)。口は祝
を収める器の形で
(さい)。口耳の口ではない。
は神気のあらわれることを示す。容は
中に祈って、神容の髣髴としてあらわれることをいい、同系の造字法である。〔説文〕三上に「語已(や)むときの詞なり」とし、「口に從うて气の下引するの形に象る」とするが、人の口気ではなく、神気をいう。祝が神気を受けることを兌といい、
に対して神気のあらわれるを只という。語詞として語末・句末に用いるが、〔詩経〕に「樂只(らくし)(楽しき)の君子」という句が多くみえ、祝頌の詩に用いる。もと神事に関して用いた語であろう。
・
・咫など十一字を収める。
は曲行、
は肢の異文、咫にも局・曲の意があるらしく、みな只の声義を承ける字である。
tjieと同声。是zjieとも声近く、
とは神の安福を得ることをいう。また止・之tji
、
tzi
、巳ji
、思si
、哉tz
、而・耳nji
と同じく終助詞に用いる。出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...