のみ(読み)ノミ(英語表記)flea
puce[フランス]
Floh[ドイツ]

デジタル大辞泉 「のみ」の意味・読み・例文・類語

のみ[副助]

[副助]種々の語に付く。
ある一つの事柄・状態に限定していう意を表す。…だけ。…ばかり。「あとは結果を待つのみである」「日本のみならず全世界の問題だ」
「ももづたふ磐余いはれの池に鳴くかもを今日―見てや雲隠りなむ」〈・四一六〉
ある一つの事柄・状態を取り出して強調する意を表す。ただもう。「色合いが美しいのみで、何のとりえもない絵だ」
「み心を―惑はして去りなむことの、悲しく耐へ難く侍るなり」〈竹取
(文末にあって)感動を込めて強く言い切る意を表す。「あとは開会式を待つのみ
いかで反逆ほんぎゃくの凶乱をしづめん―」〈平家・七〉
[補説]「の身」から出て、「それ自身」というように上の語を強く指示するのが原義という。現代語では、主に文語的表現に用いられる。→のみかのみならず

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精選版 日本国語大辞典 「のみ」の意味・読み・例文・類語

のみ

  1. [ 1 ] 〘 副詞助 〙 体言・体言に準ずるもの・動詞連用形・副詞・格助詞などに下接する。
    1. ある事物を取り立てて限定する。強調表現を伴う。…だけ。…ばかり。
      1. [初出の実例]「故、天つ神の御子の御寿は、木の花の阿摩比能微(ノミ)坐さむ」(出典:古事記(712)上)
    2. ( の限定の意味合いが薄れ、強調表現のために用いられたもの ) ある事物や連用修飾語の意味を強調する。
      1. [初出の実例]「世間(よのなか)は かく乃尾(ノミ)ならし 犬じもの 道に伏してや 命過ぎなむ」(出典:万葉集(8C後)五・八八六)
      2. 「顔も持たげ給はで、ただ泣きにのみ泣き給」(出典:源氏物語(1001‐14頃)乙女)
  2. [ 2 ] 〘 終助詞 〙 強く言い切る漢文訓読文で用いられる。
    1. [初出の実例]「我れ恩を報せむとして、故らに礼敬することを致さくのみとのたまふ」(出典:西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)一〇)

のみの語誌

( 1 )語源については、格助詞「の」に名詞「身」が付いたものとする説がある。
( 2 )[ 一 ]は上代から用いられていた副助詞で、文末に用いられる場合もあったが、それは「のみ」の下に助動詞「なり」などが想定でき、まだ終助詞とはいいがたい。
( 3 )格助詞と重なる場合、上代では格助詞に上接する例の方が、下接するものより多いが、中古以後はその関係が反対になる。
( 4 )[ 二 ]は、漢文における文末助辞「耳」が限定・決定・強調に用いられ、日本語の副助詞「のみ」の用法に近いため、訓読文において文末の「耳」字を「のみ」と必ず訓じるようになり、意味も「限定」という論理性が薄れ、「強く言い切る」という情意性を表わすようになった用法。この用法はク語法、特に「まくのみ」「らくのみ」の形で用いられることが多いため、この形で固定し、「群書治要康元二年点‐七」の「禽獣、此の声為ることを知るらく耳(ノミ)」のような、終止した文に下接すると思われる例まで現われる。ただし、このようなものは、近世の朱子新注学者によってその不合理が指摘され、「まく」「らく」が除かれて「活用語連体形+のみ」の形となり、近代の文語文へと受け継がれていく〔古典語現代語助詞助動詞詳説〕。
( 5 )中古以後は「ばかり」が限定を表わすようになり、「のみ」の領域は侵される。中世、近世の口語では「のみ」の用例は稀になるが、消滅することはなく、現代まで生き続けている。

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改訂新版 世界大百科事典 「のみ」の意味・わかりやすい解説

ノミ (蚤)
flea
puce[フランス]
Floh[ドイツ]

ノミ目Siphonapteraに属する昆虫の総称。隠翅類Aphanipteraともいわれる。褐色の米粒ほどの小さい生きもので,ピョンピョンとぶ。哺乳類や鳥類の生き血を吸い病気を媒介するのできらわれる。体は左右から押しつぶされたように縦に扁平,くびれがなく全体が流線型となる。体表はキチン質の板でおおわれ,刺毛や剛毛が後向きにはえ,ときには櫛歯(くしば)の列があり被毛,羽毛中での移動や休止時の安定,体の保護に役だっている。分布は広く,南極大陸の海鳥より記録されるものもある。全世界から約200属,2000種以上が知られ,まだ多くの未発見種があると思われる。うち中国から420種以上が知られ,今日も盛んに新種の記載が行われている。日本産は約75種が知られる。

 ノミは雌雄とも温血動物に寄生するが,宿主の大部分は哺乳類で,ごく一部が鳥類に寄生する。宿主となる哺乳類は単孔類,有袋類,食虫類,翼手類,ウサギ類,齧歯(げつし)類,食肉類などで,霊長類には原則的に寄生しないがヒトは例外である。鳥類ではスズメ目がもっとも多く,おもに巣内に寄生する。次いで海鳥類の寄生が多い。

ノミの成虫は寄生生活に適応したため,特異な形態を示し他の多くの昆虫類とはっきり区別できる。ノミは幼虫および成虫の比較からシリアゲムシ目に近縁とされている。体長は0.7~9mmで雌はつねに雄より大きい。俗にいう〈ノミの夫婦〉である。体はじみな茶褐色または黒褐色,複眼と翅を失う。触角は太く短く,触角溝におさめられる。雌雄で形が違い,ある種の雄は交尾時に触角をのばし下部から雌の体を支える。眼は1対の単眼で,大きく発達したものから,消失するものなどさまざまな段階がある。口器は細長く,宿主の皮膚をやぶり吸血するのに適した構造となる。3対の肢は長くその基節は大きい。後肢は跳躍のためとくに発達する。後胸部の側弧に靱帯に相当するレジリンresilinという弾性タンパク質をもち,ここにエネルギーを蓄え,瞬時に放出する。跳躍時には前肢または中肢をもちあげ安定を保つ。腹部は10体節からなり,各背板には1対の気門をそなえ,末節には特殊な感覚器がある。

ノミは宿主が接近すると,まず腹部末節上端にある多孔性の感覚板で空気の振動を感じ,頭を宿主の方向に向ける。次に頭部の触角その他の感覚器で宿主のはく二酸化炭素を探知し,さらににじりより動物の体臭によって本来の宿主であるかどうかを確かめ跳びつく。ノミは吸血する場所をきめると後肢をあげて胴をうかし,頭を垂直に立て,小腮(しようさい)内葉をさしこむ。吻(ふん)の先端が血管に達すると頭部にあるポンプを作動させる。ポンプは2個あり,1個は唾液を送りだし,血液の凝固を防ぎ,他の1個は唾液のまじった血液を吸うためのものである。吸った血液は食道を通り多数のとげのはえた前胃,次いで中腸に送られ消化,吸収される。雌雄とも貪欲(どんよく)に吸血するが数週間吸血しなくても生きることができる。排泄物はしばしば未消化の血液成分を含み,幼虫の餌として利用される。ノミの吸血生理でもっとも特異なものはヨーロッパアナウサギに寄生するアナウサギノミで,交尾,産卵は宿主の繁殖周期と一致するが,それは宿主の血液中に含まれる脳下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンならびにステロイド系ホルモンによって支配される。

完全変態で卵→幼虫→さなぎ→成虫となる。卵は光沢のある白色楕円体で,雌はかなり長期にわたり産卵をつづける。種類によっては400個以上産むものもある。通常数日で孵化(ふか)し細長いうじ虫となり,活発に運動する。幼虫は14体節で,眼,肢はなく,運動は体節の屈伸曲折と尾端の突起で行う。幼虫は自由生活で,その食物は有機物のごみ,親ノミのまきちらした血液の糞などである。一般にノミの幼虫は成育のため血液中の鉄分を必要とするが,ヒトノミ幼虫では必ずしもそうでない。幼虫期は3齢で,ノミの種類,栄養条件,温湿度条件によって成育期間はさまざまである。成熟すると唾液腺から糸を吐き,周囲のごみを集め繭をつくり,その中で体を二つにおりさなぎとなる。さなぎの期間もさまざまで最低1週間,あるものは1年近くかかる。ツバメのような渡り鳥を宿主とするものは宿主の不在中さなぎですごし,翌春宿主の帰来をまっていっせいに羽化する。宿主選択性はシラミほど厳密でなく,コウモリノミなどには選択性がみられるが,多くのノミはいろいろの動物に寄生する。

ヒトノミPulex irritansはジャンプのチャンピオンで,雄で垂直距離25cm,雌15cm,水平距離で雄40cm,雌36cmの記録がある。小さい雄のほうがよく跳ぶ。ヒトノミは二次的にヒトに寄生するようになったもので,大きな眼をもち体長の剛毛は少なく櫛歯をもたない。これらの性質は体毛が事実上ないヒトの寄生に適しているといえる。ヒトノミ属は5種とされるが,分布の中心は中央アメリカおよび南アメリカ北部にあり,ヒトノミの新大陸起源説の根拠となっている。雌の寿命は長く最適条件では300~500日生きる。

 イヌノミCtenocephalides canisネコノミC.felisは家庭内で発生し,宿主間相互に移行しやすいので家庭害虫となる。ネコノミとイヌノミはいずれも大きな眼と顎下部に櫛歯をもつのが特徴である。ネコノミには3亜種があり,南アジアにはトウヨウネコノミC.f.orientalis,アフリカにはC.f.strongylus,アフリカ南西部にはダマールネコノミC.f.damarensisを産する。ネコノミの頭部はイヌノミのそれよりとがっている。頭部前縁毛と眼域毛はイヌノミでは長く等長であるが,ネコノミでは短く,とくに前縁毛が短いので等長とならない。東洋区およびエチオピア区ではイヌノミは比較的少ない。ネコノミとイヌノミは宿主を交換することがあるので,宿主だけではわからない。両種とも吸血源がなければヒトを襲うことがあるし,野生動物にもみられる。両種ともウリザネジョウチュウ中間宿主となる。

 イエネズミにはヤマトネズミノミMo-nopsyllus anisus,ヨーロッパネズミノミNosopsyllus fasciatus,メクラネズミノミLeptopsylla segnisが多い。また開港地ではペストの媒介種であるケオプスネズミノミ(インドネズミノミ)Xenopsylla cheopisが発見される。ノネズミのノミのうち,タテガミミナミノミStivalius aestivalisはミナミノミ属の北限種で初夏から夏にかけて出現する。インド高地を基産地とするヒマラヤネズミノミPeromyscopsylla himalaicaは高知県室戸岬,伊豆三宅島など黒潮の洗うところに産する。

 ニワトリフトノミEchidnophaga gallinaceaは全体にずんぐりし,頭が角ばっている。もともとエチオピア区に産するノミであったが,ニワトリに寄生して全世界に広まった。イエネズミなどの口のまわりにも寄生する。雌は口吻を宿主にさしこみ,体を固定すると産卵が終わるまで何週間もいすわる。寄生部位は脚が届かない頭部などが選ばれる。寄生すると激しい刺激症状を起こし,ニワトリの成長や産卵が止まり,雛鳥は死亡することがある。このような寄生の仕方をさらに進めたものが中国産のネズミスナノミTunga caecigenaで,雌は宿主の耳にしりをのぞかせるだけですっぽりうまりこみ,はじめ体長1mmほどだったものが豆粒大に肥大し死ぬまで吸血と産卵を続ける。そのほかにも宿主の組織にくいこむノミとして,ジンバブウェセンザンコウに寄生するナガスナノミNeotunga euloideaや,天山,モンゴルのヒツジやウマに寄生するアラクトケナガノミVermipsylla alacuriなどがある。アフリカや熱帯アメリカに多いスナノミTunga penetrans(英名chigoe,sand flea)の雌は,産卵前強力な口器によって動物の皮下に穿入するため隠れノミ(英名burrowing flea)として知られる。腹部先端は皮膚の外に開かれており,開口部を通じて呼吸,交尾,産卵を行う。最後は豆粒大にふくれ上がり,潰瘍を起こす。細菌の二次感染症で多くの人が死亡している。日本最大のノミはオゼオオノミHystrichopsylla ozeanaとハタネズミオオノミH.microtiの2種である。ノミの動物地理学は大陸と日本列島の地史を解明するうえで重要である。

ペストは元来,ノネズミ類,ツチリス,ボバックなど齧歯類の伝染病であるが,病獣より吸血したノミの前胃内でペスト菌が増殖し,吸血時に反吐するため伝染させる。主たる媒介者はケオプスネズミノミだが,さらにこのノミは発疹熱(リケッチアによる急性伝染病)の重要な媒介種と信じられている。アナウサギノミSpilopsyllus cuniculiはウサギ間に粘液腫症を媒介する。オーストラリアでは野生化したアナウサギの駆除のため1966年イギリスより天敵として導入した。またノミは野兎病やロシア極東脳炎など哺乳類の動物風土病の温存と媒介に重要な役割を果たしている。
執筆者:

ヒトが他の哺乳類と比べて特化の度合がかなり強いように,ヒトにたかるノミ,すなわちヒトノミもまた特化したノミである。人類がすべてHomosapiensただ一種であることと,ヒトノミがただ一種であることとは,おそらく関係のあることなのであろう。このようにノミはシラミとともに人類にもっとも親しく,人類の生活に密着した昆虫で,ノミに関する言い伝え,習俗のたぐいは数かぎりなくある。またノミに対する嫌悪感は,生活の中からノミを失った現代人が想像するほどのものではなく,場合によっては愛すべきものとされていたことさえあったようである。たとえばフランスのブルターニュ地方の伝説では,イエス・キリストがペテロと川岸を歩いておられたとき,無聊(ぶりよう)に苦しむ1人の女を見られた。イエスは女を哀れみたもうて,ひと握りの砂をとると女に投げつけられた。砂粒はすべてノミに変じ,女はノミをとりはじめ,つかまえるごとにその表情に喜悦の色がみなぎったという。ノミ,シラミが人間の退屈しのぎになるという話は台湾高砂族の伝説その他にもみられる。

 ノミを遊びに使うことも行われ,そのもっとも高度に洗練されたものはフランスに始まった〈ノミのサーカス〉であろう。ヒトノミは人血で養えるのでそれに芸をしこむことができるのである。その起源は古く,17世紀にさかのぼり,ルイ14世も見物したといわれる。頭部と前胸部の間に首輪をつけ,初めはそれにおもりを結んで跳ばないように訓練し,その後で芸を覚えさせた。出し物は2匹のノミに馬具をつけて,乗客のノミが乗った馬車をひかせるとか,紙製の衣装をつけたノミがオルゴールの音にあわせて踊るといったものである。綱渡り,サッカーなどといったものもある。〈ノミのサーカス〉は近年まで興行されたが,ヒトノミの入手難によって消滅の危機に瀕(ひん)している。日本にも香港などから数回の来演があった。日本における最後の興行は1960年(東京,横浜)である。

 日本のことわざをみると,ノミはまず小さなもののたとえに用いられる。〈蚤の金玉〉〈蚤の小便,蚊の涙〉〈蚤の卵〉などである。また季節感を表すものとして〈蚤出ずれば虱は止む〉〈蚤の五月蚊の六月〉などがあり,天候を占うものとして〈蚤の多い年は水害がある〉〈蚤を火にくべて音すれば天気,音せざれば雨〉などという。なお,ノミの登場する芸術としては,ゲーテの《ファウスト》の中でメフィストフェレスが唄う〈ノミの唄〉が有名である。これをムソルグスキーが作曲した歌曲はロシアのバス歌手シャリアピンの十八番であった。またアンデルセンは大砲を撃ってみせるノミとなかよくくらす芸人の話《ノミと教授》を書いている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「のみ」の意味・わかりやすい解説

ノミ
のみ / 蚤
flea

昆虫綱ノミ目Siphonapteraの総称。隠翅類(いんしるい)(目)または微翅類(目)ともいう。世界産の総数は2000種に近い。日本産は約75種が知られる。すべて温血動物に寄生し、哺乳(ほにゅう)類に寄生するものが全体の95%を占め、そのほかは鳥類に寄生する。哺乳類では、食虫類、翼手(よくしゅ)類、ウサギ類、齧歯(げっし)類、食肉類などに多く、鳥類では、スズメ類や各種の海鳥類に寄生するものが多く、ことに鳥類では、寄主の体よりも巣に多くみられる。

[阪口浩平]

形態

寄生生活を営むため、一般の昆虫類とは異なる特異な形態をもつ。体は左右から圧せられたような扁平(へんぺい)。体色はじみな茶褐色か黒褐色のものが多い。はねを欠くことも寄生生活をする特徴の一つである。目も一般昆虫類にみられるような複眼ではなく、単眼状の簡単な構造で、夜間に活動する動物や暗所に営巣する動物を寄主に選ぶものには、目の退化が著しく、まったく目を欠くものも多い。触角は棍棒(こんぼう)状で、雌雄で形が違い、触角溝とよばれる溝に収められる。寄主の毛やはねの間をすばやく移動するために、頭や前胸部、ときに腹部にも棘歯(きょくし)(櫛(くし))をもつものが多い。口は、寄主から吸血するため、刺螫(しせき)、吸引に適した構造をもつ。跳躍に適した後肢をもつものでは、その部分の筋肉の発達が著しいだけでなく、その一部にレジリンresilinとよばれるタンパク質の一種が含まれ、その強力な弾性を利用するものがいる。ヒトノミやケオプスネズミノミなどにもレジリンが含まれる。また、腹部末端上部には、感覚板sensilium, pygidiumとよばれる特殊な感覚器官があり、寄主の接近を探知するといわれている。寄生性昆虫の特性として、雌雄ともに生殖器官の発達が目だつ。雌は例外なく雄より大形で、俗に「ノミの夫婦」といわれる。多量の吸血後や卵巣の発育した雌では、雄の数倍の大きさに達する種類もある。

[阪口浩平]

吸血のメカニズム

ノミが寄主の体から吸血するときには、頭をほぼ垂直に寄主の体表に近づけ、鋭利な小あご内葉を体内に挿入する。小あご内葉は、内部に上咽頭(じょういんとう)を抱き込むような姿勢で寄主の血管に達する。そのとき頭にある2個のポンプが作動して、1個は血液の凝固を防ぐことのできる唾液(だえき)を寄主の血管中へ送り、ほかの1個は唾液の混じった血液を吸い込む目的に使われる。ポンプには発達した筋肉が付着する。吸い込まれた血液は、食道を通り、多数のとげが密生した前胃、さらに中腸とよぶ部分へ移されて、消化、吸収される。

[阪口浩平]

跳躍のメカニズム

跳ねようとするノミは、頭を低く保ち、3対の脚(あし)を縮めてしゃがみ込むような準備姿勢をとる。後肢の腿節(たいせつ)が持ち上がると、側弧とよぶ部分に蓄えられたレジリンが圧縮される。それと同時に、後肢基節にある留め金が腹部前縁にあるくぼみに、中胸側部にある別の留め金が後胸側部にあるくぼみに挿入される。寄主の動物が接近するのを待って、セットされた留め金を外すと、圧縮されていたレジリンの助けを借りて筋肉が一斉に作動する。このようにして、ノミは冷たい雪や氷の上からでも、ただちに跳躍することができる。

[阪口浩平]

生活史

ノミ類は、卵→幼虫→蛹(さなぎ)→成虫と完全変態をする。ヒトノミの卵は光沢のある白色楕円(だえん)形で、1回に約10卵、3か月以上産み続けて400個以上の卵を産む。幼虫は乳白色のウジ型で、目と脚がなく、運動は体節の屈伸曲折と、尾端の突起で行い、3回の脱皮(3齢)で蛹になる。幼虫は寄生生活をせず、寄主の皮膚の落屑(らくせつ)物、固まった血液、糞(ふん)、寄主の巣中のほこりなどを食べて成長する。幼虫は蛹になる前に唾腺(だせん)から絹糸様の糸を吐き、周辺のほこりなどを集めて簡単な繭をつくり、その中で蛹になる。蛹になっても繭をもたない種類もある。羽化は温度や湿度にもよるが、最短で7日である。ツバメのような渡り鳥の巣に寄生するノミでは、ツバメが渡去した不在の間は蛹のまま経過し、ツバメの帰来を待って一斉に同時に多数のノミが羽化して吸血する習性がある。この際、ツバメの翼や足の振動が羽化刺激となる。ヒトノミの寿命は適温で300~500日。ノミの成虫が寄主の接近を知るのは、まず腹部上端にある多孔性の感覚板で空気の振動を感じ、頭を寄主のくる方向へ向ける。次に、この感覚板または頭部の別の感覚器で寄主の吐く二酸化炭素を感じ、さらに接近した動物の体臭によって、本来の寄主であるか否かを確認すると思われる。それらの器官の位置が触角にあるとする説が有力であるが、詳しいことは未知である。ヒトノミは、寄主の体表にほとんど毛がないのに適応して、棘歯を欠くが、中肢、後肢が跳躍に適し、雄は垂直距離25センチメートル、雌は15センチメートル、水平距離で雄40センチメートル、雌36センチメートルの記録がある。

[阪口浩平]

種類

ヒトノミPulex irritansはヒトに、イヌノミCtenocephalides canisはイヌに、ネコノミC. felisはネコに寄生するが、相互に移行しやすい。寄主のいなくなったイヌノミやネコノミは、ヒトを襲うことがあり、山小屋や海水浴場などで突発的に大発生してヒトを刺すことがある。イエネズミ類には、ヤマトネズミノミMonopsyllus anisus、ヨーロッパネズミノミNosopsyllus fasciatus、メクラネズミノミLeptopsylla segnisなどが多い。ケオプスネズミノミ(別名インドネズミノミ)Xenopsylla cheopisは、ペストの主要な伝播(でんぱ)者として知られる。以上の種類は、日本に普通にみられる。スナノミTunga penetransは、アフリカや、南アメリカの熱帯地方で、ヒトや家畜の足裏などの皮下に侵入して豆粒大(約1センチ)に肥大し、ときに潰瘍(かいよう)をおこさせる。

[阪口浩平]

ノミの媒介する病気

ケオプスネズミノミを主要な伝播者として知られるペストは、ペスト菌を病原体とする。元来ペストは、ノネズミ類、ツチリス、タルバガンなどの齧歯類の伝染病であるが、病獣から吸血したノミの前胃内でペスト菌が生存繁殖して、それが吐き出されてヒトに伝えられる。現在も中国、インド北部、アメリカ合衆国西部などの野生獣にペストが常在している。発疹(ほっしん)熱も本来ネズミの病気で、ノミによってヒトに伝わるリケッチア性疾患である。シラミが媒介する発疹チフスに似るが、症状の激しいわりに危険は少ない。そのほか、ノミを中間寄主とする条虫症がある。ノミ類の刺螫吸血により発赤、腫脹(しゅちょう)を生じ、かゆみがあとに残り、化膿(かのう)したり、また他病の原因となる。

[阪口浩平]

ノミのサーカス

ヒトノミが演者となるノミのサーカスは、ヒトノミの頭部と前胸部の間を細い針金でくくって、逃げないようにし、拡大鏡で見せる演芸である。旋回、跳躍、索車(さくしゃ)、綱渡りなどの曲目があり、パリに始まったこの地球最小のショーは、ロンドン、ストックホルムなどヨーロッパ諸都市に広がった。日本へ渡来したのは、香港(ホンコン)の董守経(トンシヨウチン)一座のもので、俗称「トミーのサーカス」とよばれ、1960年(昭和35)9月に横浜市で公演したのが最後のものである。コペンハーゲン市のチボリ公園にもノミのサーカスの常設館があったが、現在では両者ともとだえてしまった。その原因には、適当な後継者がなかったことや、殺虫剤などの影響でヒトノミが激減したことがあげられる。

[阪口浩平]

民俗

岩手県や宮城県には、6月1日に、蚤送り(のみおくり)といって、ノミを駆除する行事があった。草の葉を座敷にまき、それを掃き集めて川に流す。ノミはそれに乗って海に流れていくといい、そのとき用いる草の葉を蚤の船とよぶ。長崎県壱岐(いき)島でも、アブラナが実ると、そのさやに乗ってノミがいなくなるといい、さやを蚤の船といった。外国にも、ノミ除(よ)けの呪法(じゅほう)はいろいろある。イングランドでは、3月の初めにノミが戻ってくるといい、その日に窓を閉め、戸口の階段を掃いておくと、その年はノミがこないという。またノミ除けに、アメリカ合衆国では落雷した木の破片を、アイルランドではオランダハッカあるいはジギタリスを用いる風習もあった。

[小島瓔



のみ
のみ / 鑿

木材に穴をあけたり、割ったり、削ったりする道具。歴史上、登呂(とろ)遺跡出土の木材には、のみでの加工の痕跡がみられ、法隆寺造営では数種類ののみが使われていた。古代ののみのほとんどが両刃と袋柄(ふくろえ)であった。木材の製材にのみを使って打ち割る方法がなされていて、片刃より両刃のほうが割りやすかったからであると考えられる。15世紀後半ごろ大鋸(おが)による挽割(ひきわり)製材が普及しだし、両刃からより精密な加工に適した片刃に変わっていった。

 のみは、使い方により、たたきのみと突(つき)のみの2種類に大きく分けられる。たたきのみは玄能(げんのう)でたたいて掘り、突のみは突いて表面を削る。だが、刃先の形や刃幅の寸法によって、驚くほど多彩な種類があり、のみこそが大工道具のなかで最多の点数を誇っている。たたきのみは使う目的に応じ、刃先の幅や首の長さ、柄の長さの寸法にくふうが施される。たとえば柱や梁(はり)などの大きな構造材を掘る本たたきは首が長く、道具も頑丈なつくりである。これに対して大入(おおいれ)のみ(追入(おいれ)のみ)は繊細な加工を要する造作(ぞうさく)材に使うから、刃先が薄く首も短い。さらに、刻む形により丸のみ、蟻(あり)のみ、鏝(こて)のみ、向待(むこうまち)のみ(向う区のみ)など異なる刃形を使い分ける。

 のみの構造は、穂(穂先=首の金属部分)、口金(穂と柄の装着部分)、柄(木製部分)、冠(かつら)(たたきのみの柄の末端部分)で構成されている。のみの裏には、裏透(うらすき)といってくぼんでいるところがある。裏透とは、片刃の刃物の裏側を削り取った部分で、これがあることで研ぐ面積が少なくなり研ぐのが楽になるし、また裏面が平らに研げる。裏面が平らでなければ、まっすぐに掘れなくなってしまう。

 木柄(もくえ)の装着形式には、茎(なかご)式と袋式がある。茎式は、穂部分の端部(茎)を柄に挿入した形式で、袋式は、穂部分を袋状につくり柄を挿入した形式である。15世紀ごろ、のみの構造・形状も、茎式・袋式併存、両刃・片刃併存から、柄を装着する部分が茎式で、刃部断面が片刃のものへ統一されていったと考えられる。

 のみの種類は、20世紀前半には、構造材加工用としてたたきのみ・突のみの2種17点、造作材加工用は大入のみ・向待のみ・鎬(しのぎ)のみ・平鏝のみ・掻出(かきだし)のみ・打出のみの6種24点、接合材打込穴加工用は込栓(こみせん)穴掘のみ・平鐔(ひらつば)のみ・丸鐔のみの3種3点、丸太材加工用は丸のみの1種5点で計12種49点あった。

[赤尾建蔵 2021年7月16日]


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百科事典マイペディア 「のみ」の意味・わかりやすい解説

ノミ(蚤)【ノミ】

ノミ目(隠翅(いんし)目)に属する昆虫の総称。体長4mm以下の微小種が多く,褐色。縦に扁平で,後肢はよく発達して跳躍するものが多い。翅は退化して全くない。完全変態。一世代は季節によって異なるが,一般に約1ヵ月内外。幼虫は乳白色の蛆(うじ)状で,老熟幼虫は繭を作って蛹化(ようか)する。成虫は雌雄ともに哺乳(ほにゅう)類の皮毛の間に寄生し,皮膚から吸血する。昆虫の中では系統上最も新しく,哺乳類の出現以後に双翅目中の下等な一群から分化し,発展したといわれる。哺乳類の種類によってそれぞれ異なった種類のノミが寄生するが,コウモリ類やサル類などには寄生しない。ヒトノミだけでなくネズミに寄生するノミ類も人間を吸血することがあり,特にケオプスネズミノミはペストを媒介するので有名。防除は床下や畳の下の清掃が第一。

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