吉士磐金(読み)きしの いわかね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「吉士磐金」の解説

吉士磐金 きしの-いわかね

?-? 飛鳥(あすか)時代官吏
推古(すいこ)天皇5年(597)朝鮮新羅(しらぎ)へ派遣される。31年新羅が任那(みまな)を討ったときにも,事情聴取に新羅にわたる。任那を領有しない約束を新羅にさせ,調貢使をつれて船出しようとしたところへ,新羅征討軍船到着使者が恐れをなして逃げかえったため,貢物だけもって帰国したという。氏は難波(なにわの)吉士とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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